バイオエタノールの原料として注目されている多糖であるセルロース,そしてそれを分解する酵素セルラーゼ。この組み合わせで速やかにグルコースにまで分解されれば何の問題もなかったのだが,固体のセルロースを分解するには時間がかかりすぎる。その原因は単に、酵素の固液反応~2次元平面上で進行する事から反応が遅い~、ということで片付けられていたが、どうやら原因はそれだけではなさそうだということが、最新鋭の原子間力顕微鏡(HS-AFM)のおかげで明らかになった。
セルロース固体表面上でセルロースを分解する代表的な酵素に、セロビオハイドロラーゼ(CBH)が知られている。この酵素は、セルロース表面に結合するセルロースバインディングドメイン(CBD)を有し、加水分解効率を向上させていると考えられている。しかし酵素反応の場は固液界面というほぼ2次元平面であり、かつ、強固な水素結合で固まっているセルロースが基質である。加水分解反応が速く進むのは困難であるのは自明であると考えられてきた。
しかし、ことはそう単純ではないことが最新の高速原子間力顕微鏡観察により明らかになりつつある。これまで、1分子の酵素の運動をリアルタイムで見るなんてことは夢だと思われていたが、最新の高速原子間力顕微鏡(HS-AFM,参考文献1)によってセルラーゼがセルロース表面上の動きをとらえることに成功し、セルロース表面のCHB達の交通事情までが明らかになった(2)。
東京大学の五十嵐らは、このHS-AFMwoセルロース表面での酵素反応の現場に向かい、その遅い現象に迫っていった。まず彼らは、トリコデルマ属由来のCBHであるTrCel7Aを用い、グラファイト基板上に撒いた結晶性セルロース上での挙動をHS-AFMで観察した。
図1.HS-AFM測定に用いた結晶性セルロースとTrCel7A(文献3より引用)
野生型TrCel7Aでは、結晶性セルロース表面上を直線的に動く様を観測できたが、一方、加水分解活性のない変異体では、動的な様子は観測できなかった。これらの結果から、TrCel7Aは繊維方向に直線的に進むことが明らかになった(3)。
前回の報告より2年たった今年、さらにパワーアップしたHS-AFMを用いて様々な結晶性セルロースを用いてさらなる観測を行った。TrCel7Aの移動速度を再度計測したところ、前回の報告より2倍の速度であることが明らかになった。今回の報告では、移動しているものと止まっているものが同時に観測されている。どうやら、以前のHS-AFMで観測されたTrCel7Aの移動現象は、移動しているものと止まっているものの平均像を見ていたということである。その、止まっているという現象は、要するに、前を走っているTrCel7Aが減速ないし停止して,後続のTrCel7Aが進めなくなるという”渋滞”現象というわけである。この状態に、協同的に分解するといわれているCBHであるTrCel6Aの添加や、分解しやすくなる処理を施したセルロースを基質として用いたときでは渋滞が解消された。交通整理をする車や道路の表面状態が良くなれば、渋滞は解消されるという、全く本物の道路と同じような現象が起きていた。以上の結果を具体的に確認するために、是非supporing informationの動画をご覧ください。
この研究はタイトルが面白いだけではなく、界面上で触媒作用を示す酵素全般に適用可能性を示すことができたことが大きい。たかが加水分解反応、されど加水分解反応。今後の研究の発展に目が離せません。
- 参考文献
(1)T. Ando et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 98, 12468 (2001). doi:10.1073/pnas.211400898
(2)K. Igarashi, T. Uchihashi, A. Koivula, M. Wada, S. Kimura, T. Okamoto, M. Penttilä, T. Ando, M. Samejima, Science, 333, 1279-1282 (2011). doi:10.1126/science.1208386
(3)K. Igarashi, A. Koivula, M. Wada, S. Kimura, M. Penttila, M. Samejima, J. Biol. Chem., 284, 36186-36190 (2009). doi:10.1074/jbc.M109.034611
追伸:交通渋滞というよりか、鉋、のように見えるのは私だけでしょうか?
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