有機合成化学者の間でも”嫌われる”糖合成反応は、糖ドナー分子次第でその成否が決まるため、その調製法を如何に簡便にするかが肝になっている。
糖ドナー分子合成の手順と問題
糖ドナー分子は、1位に活性化基(脱離基)、その他のヒドロキシ基に保護基を入れるのが通例になっており、その保護基の如何でグリコシル化反応の効率や立体選択性が左右される。
通常その合成過程は、
- 全てのヒドロキシ基の保護
- 1位への活性化基の導入
- グリコシル化
と進む。糖=ポリオールと言っても無数にヒドロキシ基があるわけではないが、目的物に応じて丁寧に保護しなければならない。理屈の上ではこれらをクリアすれば合成可能であるが、問題を難しくしているのは脱離基と保護基の導入反応の相性である。でき上がってしまえばなんてことのない糖ドナー合成反応であるが、脱離基導入の際に保護基が外れてしまう、またはその反対もあり得ることから、自由自在に組み合わせることは困難である。
新規保護糖「アルコキシアミン糖」
最近、Nitzらは、アルコキシアミン誘導体が1位の保護基になることを報告した[1]。 1位はヘミアセタール性ヒドロキシ基であることから、ごくわずかであるものの、アルデヒド基が存在する。これを利用すると、糖の還元末端にアミン類を 選択的に反応させることができる。(糖のラベル化でよく利用される還元的アミノ化はその代表的な使い方である。ヒドロキシルアミン/アルコキシアミンは、アルキルアミンより反応性が高いことから糖のラベルに利用されている。)
Nitzらは1998年に報告された反応[2] に着目した。このアルコキシアミン糖誘導体がヒドロキシ基を保護する反応に対して不活性であると想定し、様々な保護基をかけることを検討した。事実、アセチル基はもちろん のこと、ベンジル基、シリル基、ベンジリデン基を導入する反応においても、1位の”保護基”は安定であった。保護基導入後、N-クロロスクシンイミド+加水分解処理によって1位保護基のみ選択的に除去可能であった。また、水以外のアルコールを用いれば加溶媒分解を起こすことができ、対応す るグリコシドが生成する。
さらに、1位がヒドロキシ基になれば、より活性な脱離基である、イミデート基等の導入も可能である。そしてこの糖誘導体 は、イミデート糖やチオグリコシドの活性化条件下においても安定であり、糖アクセプターとしても利用できる。
糖鎖関連化合物の合成法は、タンパク質や核酸のように簡単には一般化できない。今回の論文のように、従来の方法とは異なる手順で合成を進めるというというコンセプトは、これまで困難であった糖鎖化合物の合成ルートの構築に役に立つかもしれない。
関連文献
- Dasgupta, S.; Nitz, M. J. Org. Chem. 2011, 76, 1918. DOI:10.1021/jo102372m
- Peri, F.; Dumy, P.; Mutter, M. Tetrahedron, 1998, 54, 12269. DOI:10.1016/S0040-4020(98)00763-7