こんばんは、D論執筆中のHajime0123です。気分転換?に記事を書かせて頂きました。さて、皆さんは、30年・40年後の化学者がどのように研究し、論文を出しているか、想像したことはありますか? Bioinformatics黄金時代と言われる近年、最近の5年間でも化学者の利用するツールはガラリと変わり、日進月歩のテクノロジーの恩恵を化学の分野でも受けています。ケムステも様々なウェブツールを読者に紹介しています。それではもっと先の未来ではどうなっているのだろう・・・と、ちょっとした機会があったので考えてみました。
一人数台”コンピュータ”時代
未来ではどこにいても、タブレットやスマートフォンを通してネットへのアクセスが可能となり、容量はテラバイト、マック・ウインドウズといった違いはもはや意味をなさなくなることでしょう。世界はフラットになり、アクセスできる情報量の差もなくなってきます。一人が7,8台のコンピュータを持つなんて当たり前。
研究の効率化
研究に関しては大幅な効率化が期待されます。
もう一部の大学でも実施されていますが、実験ノートは完全に電子化され、ネットワークを通して他人の生のデータにアクセスが可能になります。分析機器から得られるデータは自動的に電子実験ノートに取り込まれ、科学者はデータの“解釈”に専念できるようになります(でもやっぱりラップトップは自分の実験台の側には置きたくないので、実験ノートの代わりになってくるのが今のタブレットコンピューターかなと思います)。
現在、自分の生データの10分の1でも論文になればかなりいいほうではないかと思うので、この生のデータへのアクセスは普通に考えて情報量を10倍、100倍へと増やします。そのような膨大な情報量の中から自分のほしい物だけを効率よく得るためには、ソフトウェアはもちろん、統一されたプラットフォーム上で、検索者もかなりのスキルが必要になってくると思います。
もちろん情報量が多いので、細かい実験情報へのアクセスが可能になり、再現性の問題なども減るのではと思います(10回に1回くらいか・・じゃあ論文にはできないな・・とか)。論文に書かなかったディテールなども、“生データ参照”の一言で片付きます。
現在の科学者の中には、今後この生データが論文よりも価値あるものとなるだろう、と言う人もいます。そうなると、論文の役割も実験データの提示よりも、新しいコンセプトの提示にもっと移行していくのではないでしょうか。
真にグローバルな科学者コミュニケーション
Facebookの普及により世界は確実に小さくなってきています。この流れは化学の世界でも同じでしょう。ただ、科学者にとっての使いやすいSocial Network Serviceは未だないように思えます。プロフェッショナルなSNSが将来は科学者同士のコミュニケーションの舞台となるのではないでしょうか。
新しいプラットフォームでは、科学者のプロフィールだけでなく、世界各地の研究所・大学、そしてそれらの機関の持つデータをも含むことになるでしょう。企業の人も入ってくるとよりよいのではと思います。
科学を通して、他の国の友人も増えますし、他の科学者がどんなことに興味をもち何に取り組んでいるのかも分かります。研究はInterdisciplinaryな分野が非常に多くなり、科学者同士のコラボレーションも多くなります。SNSにより適切なコラボレーション相手を探すこともできますし、どの研究機関がどんな機器を持っているかも分かるでしょう。共同研究者とはSNSのビデオチャットを通じてディスカッションをします。データの共有も、現在のメールの送受信からドロップボックス式へ移行し簡単になります。
論文を見ていて聞きたいことがあれば直接ファーストオーサーにコンタクトを取れます(教授に連絡するのはちょっとおっかないので・・・)。
論文投稿・発表・評価の新システム
完全電子化された論文では、著者の思いのままに研究を発表できるようになります。動画やビデオクリップを埋め込むという試みは一部で始まっている?ようです。アブストラクトを書く代わりに、オーサーが5分間のビデオで研究成果を説明するなんていうのが主流になるかも知れません。
膨大な量の論文投稿は既に一部のジャーナルに支障をきたしているようですが、サブミットからアクセプトまでの高速化の流れは変わらないでしょう。現在レビューアーはボランティアとなっていますが、将来は論文を審査する人へのインセンティブも重要です。論文掲載プロセスの中には、論文盗用防止のためのクロスチェックが必須となります(既に実施しているジャーナルあるみたいです)。
アクセプトされた論文はもちろん上記SNSにもアップロードされ、登録者はコメントすることで様々な人とディスカッションを進めることができますようになります(現在はブログやTwitterで散逸的になっているのでそれが1箇所にあるといいなと思います)。
量より質の研究へ
さて、もちろん上記の研究・コラボレーションの効率化・最適化は結果的に科学者に余剰の時間を与えることになります。機器がすべてオートメーション化されれば、そこにいる必要ないわけですから。そうした場合、この効率化によって生まれた時間をどう使うかという贅沢な危惧が生まれます。
ある科学者はもっと論文を出すんだ!と言い、他の者はもっとデータを丁寧に取って質の高い論文にしようと考えるでしょう。将来の膨大な情報量を考えると、後者が正しい方向性なのではと筆者は思います。もちろんこれは、言うのは簡単ですが、実際にこれを一つの流れとするのは非常に難しいことだと思います。もうすでに、昔と今の論文を比べてみると、あー昔の論文のほうがむしろちゃんとしていたという場合も多々あるのではないでしょうか。
現在、科学者もしくは論文を評価するシステムは様々です(H-index, Impact factor, eigenvalue, etc…)。ただ完璧と思えるような評価方法はなく、それぞれ利点と欠点があります。将来、新たな評価システムが採用され、質の高いリサーチをより評価できるようなることが欠かせないと思います。
現在のアジア、特に中国や韓国では論文の質よりも数を評価する傾向があるようです。質は誰もが判断できる訳ではないけれど、数なら誰でも数えられる、というのは確かですが、だからこそサイエンス共通の誰もが納得出来るパラメーターが、将来上記のパラダイムシフトを達成するには必要になってくることでしょう。
ワークフローの最適化、パラダイムシフトの一助と考える
さていろいろ書いてきましたが、やはり一番重要なのは新しいテクノロジーに対して常にアンテナを張り巡らせ、それらを受け入れることのできる広い心構えだと思います。習慣を変えるのは難しいことですし、新しい技術にトライするにはそれなりの時間とエネルギーを費やします。自分も研究ではよく、効率的な方法があっても、自分の慣れた方法でやってしまいます。それも悪いとは限りませんが、今後情報量が多くなり自分では(従来の方法では)さばき切れなくなる時が来るのは間違いありません。
新しい技術が現在の自分のワークフローにどのように当てはまるのか、そしてその技術によって柔軟に自分のワークフローを変えていけるのかが今後一番のキーとなるのではないかと筆者は思います。
余談
尚、今回の投稿内容ですが、今年8月中旬にDCであったにACS Summer Instituteでの話し合いをもとにしています。この催し物ですが、ACSが将来も優れた研究を発表する場としてあり続けるためにはどういう方向性でやっていけばいいのか、というのを実際の研究者を集めて意見を聞くという目的で開かれました。筆者も参加者の一人として5日間ディスカッションに浸ってきました(ACSのスタッフにColwizというサイトを紹介されました。上記の科学者のためのSNSとでもいいましょうか。興味のある方はお試しください:http://www.colwiz.com/)。
最終日は3つのグループに分かれ、ACSのスタッフにプレゼンをしました。その一部分を今回は記事に書かせて頂きました。 他14人の参加者とACSのオーガナイザーに感謝します(実現可能性やもろもろの問題(セキュリティ・特許権・etc…)も考えられますがここでは意図して省きました)。
PS.久しぶりの東海岸ということもあり調子に乗って海産物を食べ過ぎ、この集まりの後人生初の食中毒で1週間以上ダウンしました。これから寒くなってきますが、皆様もお体にはお気をつけください。