2011年のノーベル化学賞は準結晶の発見をしたイスラエル工科大学のシェヒトマン先生に送られました。多くの化学者にとってあまり馴染みのなかったであろうこのテーマは驚きをもって迎えられました。多くの人にとって合金の原子配置などは研究のテーマの外にあるようで、また”対称性”という単語で説明される事象に戸惑いを持った人も多かったのではないかと思います。
しかし最大の問題は多くの人にとって、馴染みがなく、その状態の想像がつきにくいことなのではないかと思います。
ここで”準結晶状態”というものを明確に視覚化している研究がありますので、それを紹介させて頂きます。
Quasicrystalline order in self-assembled binary nanoparticle superlattices
Dmitri V. Talapin, Elena V. Shevchenko, Maryna I. Bodnarchu, Xingchen Ye, Jun Chen & Christopher B. Murray Nature 2009, vol.461 p.964 DOI:10.1038/nature08439
ナノパーティクルというのは、しかるべき条件で自己組織化をすることが知られており、3次元的に綺麗に配列されるその状態をナノパーティクルスーパーラティスといいます。その綺麗な配列は金属結晶における原子の配置と比較されることも多いです。
このような特性からナノパーティクルをビルディングブロックとして用いた、ボトムアップ型アプローチによるマテリアルの開発は現代ナノ化学の大きな分野のひとつです。
さらにこの分野を肥沃にしていることは、使えるナノパーティクルは一種類に限らないということです。複数種類のナノパーティクルを同時に用いることにより、イオン結晶や合金の原子配列ような構造を持ったナノパーティクルスーパーラティスが数々報告されています。[1]
この分野での第一人者はChicago大学のTalapin教授とその妻であるShevchenko教授です。
この論文はこの夫婦がEqually Contributedとしてファーストオーサーとなっていて、まさにこの分野のエースが報告する至高の研究成果といえます。
この論文では主にサイズの違ったナノ粒子(金、酸化鉄、パラジウム、PbS)を然るべき比率で混合し、共結晶化することにより”準結晶”的なナノパーティクルスーパーラティスを実現しています。
なんといってもこの論文の見所はその綺麗な電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)写真です。違った種類のナノパーティクルが、規則正しくパッキングされているその御姿は、自然の理が可視化されているものを見るようで一種の畏怖すらも感じさせます。
(TEM画像と該当部分のElectron Diffraction Pattern。論文より引用)
このような綺麗な配列は、エントロピー的、静電的、その他色々な相互作用が微妙に絡み合う中で成し遂げられるものです。
この分野の研究は現在どれだけナノパーティクルを共存させることによるシナジーを持った複合マテリアルを作れるかと言う所が焦点となっているともいえます。[2]
とはいえ、このような研究はむしろアプリケーションと言うよりも、単純に綺麗であることに感動するというような、もっと原初的な化学への喜びに訴える素晴らしい研究であると思います。
とはいえこのような発見も、素の”準結晶”という発見なくしては発展し得なかったものとも言えるかも知れません。今回のノーベル賞は、基礎的に重要で大きなインパクトを化学会に残したという意味で意義深いものだと思います。このような基礎知見を素に、どのように発展させていけるかを化学的に考えるのもまた一興ではないでしょうか?
- 参考文献