Molecular Complexity via C-H Activation: A Dehydrogenative Diels-Alder Reaction
Stang, E. M.; White, M. C. J. Am. Chem. Soc. 2011, ASAP. doi:10.1021/ja2059704
Diels-Alder反応は化合物の複雑度を迅速に増すことができる、有機合成における最重要反応の一つです。過去に無数の改良が報告されており、複雑化合物でも安心して使えるため、一見して万能そのものです。しかし実は1つだけ、現代まで解決しきれていない問題があります。それはジエンの調製法が限られている点です。ジエン自体が簡単なものであれば良いのですが、複雑なジエンとなるとその合成はとたんに難しくなります。ジエンの安定性そのものに難があるためです。
このような理由があるため、複雑な化合物同士でDiels-Alder反応を行うときは、直前までジエンを露出させない合成ルート設定を余儀なくされてしまいます。反応直前に共役系を伸長させたり、等価体をunmaskするといったアプローチがよく採られますが、先進的なアプローチとは言い難いものです。もともとがアトムエコノミーに優れた反応ですから、保護基などを使わずに、反応の先天的利点を殺さない解決法こそが望まれます。
この観点で大変スマートなアプローチが、イリノイ大学・Whiteらのグループから報告されました。彼女らは独自開発したC-H活性化触媒を用い、選択的脱水素化によってジエンを露出させるという新しい方法論を提示しています。
彼女らが開発したパラジウム触媒はアリル位選択的にC-H活性化を行い、求核剤とカップリングさせることができます。ならば条件を調節することで、β-ヒドリド脱離を経て1,3-ジエンを与えるのでは?という発想が端緒になっています。
最適条件においては求ジエン体を最初から共存させ、活性ジエンを低濃度に保つことが、重合などの副反応を抑えるために重要だったようです。適用の一部を以下に示しますが、条件自体も温和で、官能基選択性は総じて高いです。複雑化合物への適用可能性をきっちり示しているのも彼女らの論文の特徴です。短工程での4環性化合物合成への応用なども示されています。
このようにC-H活性化を適切に使うことで、ありふれた化合物を前駆体として活用することが可能になります。言い換えれば「C-H活性化をよくある局所的修飾法としてではなく、活性種の露出、さらには分子骨格の複雑化に使う」という視点でのコンセプト提示を行っているわけです。斬新な提案の一つといえるでしょう。
ところで論文中では、「末端オレフィンは1600種以上の市販品があるが、1,3-ジエンは120しか市販品が存在しない」という言及がなされています。これも自分の研究が極めて根源的であることを端的に示す、優れたアピール文だと思えます。「シンプルながら入手困難な物質を簡単に作りだす」という到達目標は、合成化学のアイデンティティとも呼ぶべき一つであり、また時代を通じて不変だからです。
「市販品の数」と「合成容易さ・安定性」の間にパラレルな関係がある事自体は、言われて見れば当たり前です。しかし論文で報告される反応の原料というのはたいていが複雑で、市販品でもありません。そもそもこういう類のアピール機会に恵まれないのがほとんどではないでしょうか。
つまりは、このような言及ができるという事実だけでも、コンセプトが極めてベーシックなものであり、かつ高い実用性へ結びつくポテンシャルを秘めている、と言えそうです。反応開発に望む研究者であれば、このような一文がさらりと書けるような研究を目指したいものですね。
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