全合成(Total Synthesis) は、ときに山登りに例えられるほど過酷な研究領域です。多くは数年という長い時間を要し、幾人もの共同研究者による血の滲む努力と試行錯誤の末に、その合成は達成されます。
もちろん失敗を限りなく避けるべく、緻密な計画のもとに取り組まれるのですが、計画通りにいかないことも多々あるのが先端研究。全合成の達成目前、最後の最後で保護基が外れない!副反応をどうしても回避できない!・・・などといった事例は枚挙に暇がありません。しかしそれまで使った時間と労力は膨大なもの。少々の壁に直面したぐらいでは、既に後に引けなくなっているものです。
このように追い詰められた「極限状況」でこそ、人は頭脳をフル回転させ、優れたクリエイティビティを発揮して困難を打ち破る―そういった事例は多々知られています。そのような状況で編み出された解決法は、ありきたりな手法が全て返り討ちに会った末に生み出されたものです。ため息が出るほど素晴らしい発想だったり、別角度から新たな視点をもたらしてくれるような斬新な手法でもあります。
このコーナーでは筆者の独断と偏見に基づき、困難に直面した全合成のDead Endを回避すべく編み出された、優れた解決策を紹介してみたいと思います。筆者は将棋を指しませんが、全合成と将棋は似通う側面を多々持ち合わせていると感じます。そこでタイトルは「全合成・極限からの一手」としてみました。
今回は、Danishefskyらによる(+/-)-Myrocine Cの合成(1994)をご紹介します。
困難に直面した全合成化学者がいかにして創造的発想からの解決に至ったか、それを追体験できるようなクイズ形式にしています。皆さんも研究の息抜きに考えてみてください。解答は後日公開します。
本合成においてはもともと、Aの脱離基Lを有機金属試薬へと交換し、共役系を介したエポキシド開環を駆動力とする分子内三員環形成にてCを合成する計画だった。しかしAをtBuLiで処理すると、実際には化合物Bのみが得られることがわかった。
この予備的知見をもとに、試薬Xを二度加える手順が開発され、メシル化体A→Cの短工程変換が達成された。試薬Xの候補となり得るものを提案せよ。
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