三置換の有機ホウ素化合物はオクテット則を満たさないため、電子欠損状態を補うべく、多中心結合やクラスターを容易に形成します。また、空のp軌道に起因して、通常、求電子剤・ルイス酸として働くだけでなく、一電子還元により容易にアニオンラジカル種を発生させます。一方、アミンは、窒素上に孤立電子対をもつため、通常、求核剤・ルイス塩基として働き、一電子酸化するとカチオンラジカル種が発生します。
この度、カリフォルニア大リバーサイド校のBertrandらのグループは、まるで窒素のような振る舞いをするホウ素化合物の開発に成功し、その成果がScience誌に発表されていたので紹介したいと思います。
‘Synthesis and Characterization of a Neutral Tricoordinate Organoboron Isoelectronic with Amines’
Kinjo, R.; Donnadieu, B.; Celik, M. A.; Frenking, G.; Bertrand, G. Science 2011, 333, 610. DOI: 10.1126/science.1207573
Bertrandらが用いた手法は、還元条件下でホウ素上にカルベンを二つ導入するというもの(下図)。得られた三配位ホウ素化合物(1)は、オクテット則を満たし、アミン・ホスフィンの等電子構造体です。合成例の少ない一価のホウ素化学種、また遷移金属以外で安定化された初めての単離可能なボリレン(参考記事:ボリレン)としても、インパクトある化合物です。さらに、形式上ホウ素2マイナスという驚きの極限構造(1b)を描くことができ、pブロック元素の中では電気陽性なホウ素が、電子豊富な状態になっていることがイメージできます。
実際、(1)と酸(HOTf)との反応では、ホウ素上がプロトン化されたボレニウムカチオン種(2)が得られています(下図)。即ち、(1)は塩基として働き、(2)は共役酸ということになります。また、(1)の一電子酸化反応では、ボリニリウムラジカル種(3)が得られ、数少ない安定ホウ素ラジカル種の構造まで明らかにしています。これらの結果は、この化合物(2)が電子構造だけじゃなく、化学的な振る舞いもアミンと類似していることを証明しています。新しい求核性ホウ素の誕生ですね(参考記事:ホウ素は求電子剤?求核剤?)。
今回の成果に関するBertrandらのコメントとG. H. RobinsonらによるPerspective(Science 2011, 333, 530. DOI: 10.1126/science.1209588 )の内容まとめると以下の通りとなります。
・ある元素を別の元素変えたような発見である。
・遷移金属錯体の配位子として現在広く用いられているアミン・ホスフィンに、新しい仲間が加わるであろう。これは、全く新しい触媒開発の第一歩である。
・ホウ素はリンと比べ低毒・安価であり、環境面からも利用価値が高い。
・他の高周期13族元素(Al, Ga..)も同様に塩基・求核剤として利用できる可能性がある。
・カルベン一つのみで安定化されたボリレンの開発にも期待できる。
「金属を持たない13族元素が塩基として働く」、
という常識を覆した素晴らしい成果だと思います。
というわけで、なれない分野の紹介をさせていただきましたが、なぜ執筆したかといいますと、率直にいえばこの論文の第一著者金城玲博士を紹介したかったからです。
この分野におけるライジングスターである金城博士は筑波大学関口章研究室出身。大学院生時代に世界で初めてジシリン(ケイ素ーケイ素三重結合)を単離することで一躍名を轟かせました(Science 2004, 305, 1755. DOI:10.1126/science.1102209)。個人的に何度か連絡を取ったことはあるものの顔を合わせたことはありませんが、同期(同年に博士を取得)であり、同じカリフォルニアで海外学振研究員であったことから昔から非常に注目していました。
そんな金城博士はなんと今年の12月からシンガポールの南洋理工大学(Nanyang Technological University:NTU)でAssistant Professorとして独立して研究室を主宰することに決定したそうです。すでにNTUのホームページには記載されております(こちら)。また、今年の第22回基礎有機化学討論会で口頭発表を行うというお話を聞いたのでぜひ皆様足を運んでみたらいかがでしょうか。彼がどのようなエキサイティングな研究を行っていくのかこれから大変楽しみであり、応援したいと思います。
人に興味をもつことででケミストリーにも興味を持つ。このような流れで得られた知識は頭に定着します。ケムステではこのような若手のライジングスターも国外問わずピックアップしていき紹介したいと思いますので、もし「すごい人」ご存知の方がいましたらご一報を。
ところで、この場では取り上げることが出来ませんでしたが、Scienceの同号に京都大学化学研究所の村田靖次郎教授らによる「水を入れたフラーレンの合成」(Kurotobi, K.; Murata Y. Science 2011, 333, 613. DOI: 10.1126/science.1206376)も報告されていますのでご覧になってください。こちらも独自のフラーレンの分子手術法(molecular surgery:過去記事:炭素ボールに穴、水素入れ閉じ込め 「分子手術」成功)を使った素晴らしい研究であると思います。