[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

超原子価臭素試薬を用いた脂肪族C-Hアミノ化反応

[スポンサーリンク]

 

Highly Regioselective Amination of Unactivated Alkanes by Hypervalent Sulfonylimino-λ3-Bromane.
Ochiai, M.; Miyamoto, K.; Kaneaki, T.; Hayashi, S.; Nakanishi, W. Science 2011, 332, 448-451.
doi:10.1126/science.1201686


筆者が連休中に遊び呆けていたせいで論文の発表から二週間強も過ぎてしまいましたが、ケムステTwitterでも「つるっつるやぞ!(一部抜粋脚色)」とつぶやかれていた脂肪族C-H結合のアミノ化反応が超原子価臭素試薬を用いることで遷移金属触媒無しで進行するという徳島大学薬学部の落合正仁教授らの論文が、先月の終わりにScienceで報告されました。[1]

超原子価ヨウ素試薬と聞けば、クラシック(と言っても1983年の報告なのですが)なところでデス・マーチン酸化、最近ならPd触媒系で頻繁に酸化剤として用いられているヨードベンゼンジアセタートや、Togniらによるトリフルオロメチル化試薬[2]、ごく最近では石原らによる北反応[3]など、使ったことはないという人にも割りと一般的な試薬と言えるのではないでしょうか。

しかし今回登場した、スルフォニルイミノブロマン(sulfonylimino bromane)は超原子価臭素によるナイトレノイド(nitrenoid)。落合らのグループでは、以前から超原子価ヨウ素超原子価臭素、そして超原子価塩素試薬に関する研究に取り組んでおり、通常は触媒として遷移金属錯体が必要な反応をメタルフリーで成し遂げるという報告をしています。[4]

さて、筆者はC-Hアミノ化と言えばDuBoisWhiteらの報告がすぐに思い浮かぶのですが、いずれも二核Rh錯体もしくはPdを必要としていますし、何より分子内反応であったり、アリル位での反応であったりしました[5][6]。(超原子価ヨウ素試薬と銀触媒を用いたラジカル機構で進む脂肪族C-Hアミノ化の報告例あり[7])。本反応は分子間反応であり、基質は完全に脂肪族、何の官能基も無い、まさしくトゥルッットゥル!の炭水化物です。ヨウ素と比べて酸化電位が高い臭素の特性故に、ナイトレノイド(nitrenoid)から臭素が速やかに還元的に脱離して1価の臭素となることが高い反応性の鍵となっています。選択性は三級炭素が圧倒的に高く(配座による例外あり)、次に二級炭素が良く反応します(一級炭素は反応せず)。

試薬の合成は、アルゴン雰囲気下、氷浴温度で試薬を混ぜたら室温で10分攪拌。次に溶媒を飛ばしてからヘキサンで再沈殿/デカンテーションというシンプルなもの。



再結晶後は無色の板状結晶となって得られるこの試薬は、アルゴン雰囲気下冷蔵庫で少なくとも二ヶ月は安定らしく、超原子価ヨウ素試薬で時折問題となる凝集体の不溶化も起こらず(注)塩化メチレン、アセトニトリル等の溶媒によく溶けるようです。

また、過剰量のヘキサフルオロイソプロパノール(HFIP)を添加することで、超原子価臭素試薬の二量体形成が阻害され、試薬が潰れる速度を遅くし収率の向上が見られるとのことです。

2015-09-24_18-56-16

 

先述の酸化電位のせいで、ヨウ素よりも臭素、臭素よりもさらに塩素の方が高原子価を取りにくい一方、それ故に還元されやすく高活性な試薬になるという考え方はとても納得の行く物だと思います。超原子価塩素ナイトレノイドの報告、ゆくゆくは超原子価フッ素試薬(F+の生成どころじゃないですね)なんていうものもいつか報告されるのでしょうか(Fよりも電気陰性度の高い元素が無いですし…ハッ!Pd(IV)を3当量…という妄想)、楽しみです。ちなみに有機化学系男子はこういう場面ではすかさず「これ、触媒量で回るようにはならないの?」と考えるのかもしれませんが(?)、ひとまず筆者には有機化学系女子をイチコロにするような名案は思い浮かびませんでした…ぐぬぬ..ところで今回の論文のSupporting Infomationを眺めていたら、一連の基質のC-H結合の結合解離エネルギーの表がありました。ほんの僅かなエネルギー差で選択性が現れる、世界は実に巧妙に出来ているのですね。細かいことですが、改めて化学の面白さを実感しました。

 

関連文献

  1.  Ochiai, M.; Miyamoto, K.; Kaneaki, T.; Hayashi, S.; Nakanishi, W. Science 2011, 332, 448-451. doi:10.1126/science.1201686
  2. Wiehn, M. S.; Vinogradova, E. V.; Togni, A. J. Fluorine Chem. 2010, 131, 951. doi:10.1016/j.jfluchem.2010.06.020
  3. Uyanik, M.; Yasui, T.; Ishihara, K. Angew. Chem., Int. Ed. 2010, 49, 2175-2177. doi:10.1002/anie.200907352
  4. (a) Ochiai, M.; Tada, N.; Okada, T.; Sota, A.; Miyamoto, K. J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 2118-2119. doi: 10.1021/ja074624 (b) Ochiai, M.; Miyamoto, K.; Hayashi, S.; Nakanishi, W. Chem. Commun., 2010, 46, 511-521. doi:10.1039/b922033j
  5. 最近の論文:Zalatan, D.N.; Du Bois, J. J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 7558. doi:10.1021/ja902893u
    Kurokawa, T.; Kim, M.; Du Bois, J. Angew. Chem., Int. Ed., 2009, 48, 2777-2779. doi:10.1002/anie.200806192
  6. 最近の論文:Qi, X.; Rice, G. T.; Lall, M. S.; Plummer, M. S.; White, M. C. Tetrahedron, 2010, 66, 4816. doi:10.1016/j.tet.2010.04.064
    Reed, S. A.; Mazzotti, A. R.; White, M. C. J. Am. Chem. Soc., 2009, 131, 11701-11706. doi:10.1021/ja903939k
  7. Gmez-Emeterio, B. P.; Urbano, J.; Daz-Requejo, M. M.; Prez, P. J. Organometallics, 2008, 27, 4126-4130. doi:10.1021/om800218d

 

関連書籍

[amazonjs asin=”3642123554″ locale=”JP” title=”C-H Activation (Topics in Current Chemistry)”]
Avatar photo

せきとも

投稿者の記事一覧

他人のお金で海外旅行もとい留学を重ね、現在カナダの某五大湖畔で院生。かつては専ら有機化学がテーマであったが、現在は有機無機ハイブリッドのシリカ材料を扱いつつ、高分子化学に

関連記事

  1. 高分子固体電解質をAIで自動設計
  2. ⽔を嫌う CH₃-基が⽔をトラップする︖⽣体浸透圧調整物質 TM…
  3. ちょっとした悩み
  4. ダウとデュポンの統合に関する小話
  5. 【チャンスは春だけ】フランスの博士課程に応募しよう!【給与付き】…
  6. DNAが絡まないためのループ
  7. Post-Itのはなし ~吸盤ではない 2~
  8. 位置多様性・脱水素型クロスカップリング

注目情報

ピックアップ記事

  1. ペプチド触媒で不斉エポキシ化を実現
  2. 含ケイ素四員環 -その1-
  3. 東京理科大学みらい研究室にお邪魔してきました
  4. グローブボックスあるある
  5. ニトリル手袋は有機溶媒に弱い?
  6. 研究室で役立つ有機実験のナビゲーター―実験ノートのとり方からクロマトグラフィーまで
  7. 第69回―「炭素蒸気に存在する化学種の研究」Harold Kroto教授
  8. ヨン・ピエール Jorn Piel
  9. 天然のナノチューブ「微小管」の中にタンパク質を入れると何が起こる?
  10. ラジカルonボロンでフロンのクロロをロックオン

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2011年5月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

新発想の分子モーター ―分子機械の新たなパラダイム―

第646回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機反応論研究室 助教の …

大人気の超純水製造装置を組み立ててみた

化学・生物系の研究室に欠かせない超純水装置。その中でも最も知名度が高いのは、やはりメルクの Mill…

Carl Boschの人生 その11

Tshozoです。間が空きましたが前回の続きです。時系列が前後しますが窒素固定の開発を始めたころ、B…

PythonとChatGPTを活用するスペクトル解析実践ガイド

概要ケモメトリクスと機械学習によるスペクトル解析を、Pythonの使い方と数学の基礎から実践…

一塩基違いの DNA の迅速な単離: 対照実験がどのように Nature への出版につながったか

第645回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科相田研究室の龚浩 (Gong Hao…

アキラル色素分子にキラル光学特性を付与するミセルを開発

第644回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 総合研究院 応用化学系 化学生命科学研究所 吉沢…

有機合成化学協会誌2025年2月号:C–H結合変換反応・脱炭酸・ベンゾジアゼピン系医薬品・ベンザイン・超分子ポリマー

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年2月号がオンライン公開されています。…

草津温泉の強酸性硫黄泉で痺れてきました【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい!  というわけで、硫黄系の温泉であり、日本でも最大の自然温泉湧出量を誇る草津温泉…

ディストニックラジカルによる多様なアンモニウム塩の合成法

第643回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の木之下 拓海(きのした …

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP