「アメリカにはもっとすごい男がいるよ。」
夜中、よく先生が語ってくれた昔話に何度か彼はでてきた。どうやら博士研究員時代の親友らしい。
「エクチナサイジン743って化合物を、彼は僕の横でほぼ一人であっという間につくっちゃったんだ。」
いつの日からか、毎回彼の仕事をチェックするようになった。2006年、ついに彼に会うことができた。講演はすばらしかった。人間的にも素晴らしい人だった。すぐに最高のポストへ若くして大抜擢されたことを知った。米国でももう一度講演を聞くことができた。
その名はDavid Gin。しかし、この天才合成化学者は2011年3月22日、この世を去った。心臓発作。44歳。自身の誕生日から6日後のことであった。早過ぎる、突然の死である。
今回はこの訃報を受けまして、メモリアル企画として、急きょ合成化学分野の中で稀有の才能を持った化学者David Ginのこれまでの生い立ち、仕事を物語口調で紹介したいと思います(一部脚色している部分はありますのでご了承ください)。
“ものづくり”に興味を持った少年
ブリティッシュコロンビア大学
1967年3月16日、カナダで生まれたDavid Gin (以下Dave)はブリティッシュコロンビアにある900人ほどの小さな小さな町で育った。少年時代は数学と科学に興味を持っていた少年であった。父は街でレストランを経営していた。Daveはそこで数年間働く機会があった。これが彼の合成化学への興味へ火をつけたといっても過言ではない。すなわち、
「素材を組み合わせて新しいものをつくる。」
料理と合成化学は異なるものの、このプロセスが若き少年には非常に刺激的であった。
1985年西武カナダ最大の名門大学ブリティッシュコロンビア大学に進学したDaveはますます化学への興味を大きくすることとなった。2年生になったときにその興味はついに有機化学に向けられた。その分子レベルのモノづくりという簡単な目的による創造活動に非常に興味を覚えたのである。1989年、大学を卒業したDaveは博士課程への進学を考えていた。しかしながら、当時のカナダ、そして自身の周りの環境では博士課程進学はあまり一般的ではなかった。そこで、アメリカに渡り博士を取得しようと思い立った。そこで選んだのがノーベル化学者を多数輩出しているカリフォルニア工科大学であった。
合成化学のスペシャリストへ
ツニカカマイシンV
研究室は複雑な天然有機化合物の全合成を研究しているAngrew Myers研究室を選んだ。なぜなら好きな有機化学でものづくりができて、なおかつMyers教授は非常に若く、アトラクティブであったからである。Daveはここで抗生物質ツニカマイシン類の合成研究を行い、全合成を含む3報の論文を報告し、博士(Ph.D)を取得した。[1] 博士取得後、彼は製薬会社にいくか、そのままアカデミアの道を進むか大変悩んでいた。しかし、Myers教授によりアカデミアへの強い推薦を受けて、ポスドク(博士研究員)にアプライした。幸運にも有機化学分野で最も有名であったCorey研究室へ博士研究員として雇ってもらえることができた。
エクチナサイジン743の合成
エクチナサイジン743
ここで彼は合成化学者たる頭角をあらわすととなる。1994年博士研究員として働き始めたDaveは非常に複雑で合成困難な海洋アルカロイド、エクチナサイジン743の合成にとりかかり、なんと1年半でつくりあげてしまったのである。[2] 数グラムの原料から出発して瞬く間に骨格を合成してしまったという。* 1 ここで素晴らしい結果を残した、Daveは1996年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の助教授となった。
*1この合成は後に、福山、菅らによっても行われているが多くの合成化学者が研究対象としていた化合物であり現在でも非常に困難なターゲットであり、合成化学のマイルストーンの1つとしてK.C. Nicolaou著のClassics in Total Synthesis II にも記載されている。
イリノイ大学で有機合成化学
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校は米国中西部を代表する大学ではあるが、有機合成化学分野の中で特に有名である(現在でも化学分野では全米大学院ランキング第6位、おそらくゆ有機化学では5本の指に入るであろう)。彼が博士研究員を行なったCoreyや、古くあh20世紀最大の有機化学者Woodward、アダムス触媒、有機化学最高の賞であるロジャー・アダムス賞で知られるロジャー・アダムスが在籍していた名門大学である。現在でも、HartwigやBurke、White、Mooreらの若手研究者、DemarkやZimmermanなどの著名な有機化学者も在籍している。
さて、話をもとに戻すが、この名門の地でDaveはここで何を行おうか考えた。これまで合成化学一本で複雑な天然物を合成してきたが、生物有機化学への展開を目指す合成化学へ焦点を絞った。そこで選んだのが、近年生物化学への応用が著しい糖(シュガー)である。学生時代に研究していた糖合成を発展させ複雑な多糖を合成し、ケミカルバイオロジーへの応用を測った。これまで多くの新規糖合成法や複雑な糖の全合成を行い論文を報告している。それ以外にもアルカロイドの合成においても独特な手法により素晴らしい結果を残している。
スローン・ケタリング癌センター教授へそして…
スローン・ケタリング癌センターは合成化学でも大変著名なDanyshefskyが所属する研究所として有名である。Daveは2006年に若干39歳でここの教授として大抜擢され、Danyshefskyの後任としてさらに有名となった。現在、HPで最近のいくつかの論文を紹介しているが、これも見ても今後彼の活躍は間違いのないものであったでしょう。
2011年3月22日早朝Daveはひどい息切れに苦しんでいた。妻のMaryが急いで911に電話したが救急車が到着したときにはすでに彼は息を引きとっていた。彼の44年の人生で発表した論文は約80報。これからの有機合成化学を牽引する化学者の一人であったととは疑いもなく、多くの研究者が悲しみに浸っている。
最後に
読者様に合成化学者David Ginについて知っていただきたく、そして興味を持っていただきたく物語口調で彼の短い人生を紹介しました。私自身は最初に紹介したとおり、彼を見たのは私が、学生、博士研究員時代で、一緒に御飯を食べた、講演を聞いた程度で深い関係ではありません。あとは博士研究員時代にpalau’amineを彼が合成していると聞いて、やばい負けられない、と真剣に思いました。しかしながら、彼の人となりはそれだけでもわかるほど素晴しいものでした。余りの早い死を本当に悲しみ、いち合成化学者として末筆ながらこの場を借りてGin教授の冥福をお祈りしたいと思います。
関連文献
[1] Myers, A.; Gin, D. Rogers, D. H. J. Am. Chem. Soc.1993,, 115, 2036. DOI: 10.1021/ja00058a060 [2] Corey, E. J.; Gin, D. Y.; Kania, R. S. J. Am. Chem. Soc. 1996,118, 9202. DOI:10.1021/ja962480t[3] Recen examples: (a) tWang, P.; Kim, Y.-J.; Navarro-Villalobos, M.; Rohde, B. D.; Gin, D. Y. J. Am. Chem. Soc. 2005,127, 3256. DOI:10.1021/ja0422007. (b) Peese, K. M.; Gin, D. Y.J. Am. Chem. Soc.,2006,128,8734 DOI: 10.1021/ja0625430. (c) Bultman, M. S.; Ma, J.; Gin, D. Y. Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 6821. DOI: 10.1002/anie.200801969 (d) Perl, N. R.; Ide, N. D.; Prajapati, S.; Perfect, H.
H.; Durón; S. G.; Gin, D. Y. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 1802. DOI: 10.1021/ja910831k