トムソン・ロイターより、今年も化学領域における論文引用ランキングが発表になりました。1位~100位の全リストは、こちらのPDFで読むことが出来ます。
これは2010年までの間近10年間に総計された論文総引用数÷発表論文数を「インパクト値」として算出し、ランキングを付けるというものです。
50報以上の論文を発表した化学者が対象となっているため、例えばモンスターレビューを数報書いてその他鳴かず飛ばず・・・といった研究者は、そもそもカウントされていません。また論文数で除した数値でソートしてあるため、多作かどうか自体は問題になりません。要するに一報当たり引用数が高い論文を書いたか、インパクトの高い粒ぞろいのをどれだけ出そうとしているか―ひとことでいうなら「実力派」「量より質」に主眼を置いたランキングとなっています。
ただ、ほとんどは分野違いで縁もゆかりもない研究者ですし、ランクを眺めても何が凄いのかよく分からない・・・というのもおそらく皆さんの感じることでしょう。
ですから今回筆者はGoogle先生を頼りに、ランクイン化学者を研究領域で大まかに分類してみました。すると、ほとんどの化学者は、特定の研究範囲にカテゴライズされてしまうということが分かりました。
・・・これは想像に難くありません。要するにこのランキング、ここ10年での一大流行分野を表しているのです。何かしらのブレイクスルーを成し遂げた研究分野ができると、研究者がわっとむらがり、お互いの仕事を引用しあって分野を発展させていく・・・というのが引用数の跳ね上がるプロセスなのですから。
流行の研究を行うこと自体、賛否あるかと思います。しかし流行からは現代社会のニーズが透けて見えることは間違いなく、いち研究者として押さえておくべき情報たることは間違いないでしょう。
さて、その大まかな分類は以下のとおりです(カッコ内の数値はランキングです)。筆者の専門範囲から外れる化学者も多くいますので、分類違いや誤解は多々あるかと思います。もしあればご指摘いただけると幸いです。
無機系ナノマテリアル(ナノワイヤ、ナノ粒子、ナノ結晶など)とそのビルドアップ
Lieber (1)、Alivisatos(5)、Peng(8)、Yang (10)、Talapin(21)、Mirkin(23)、Manna (24)、Bawendi(29)、Sun(31)、Murphy(32)、Xia(35)、Hyeon(37)、Weller(44)、Zeng (49)、Sinha Ray(50)、Yin (55)、Kamat (58)、Sun(61)、Kotov(70)、Colfen(98)
金属-有機構造体(MOF)およびその他の多孔性材料
Yaghi(2)、O’Keeffe(3)、Chen(15)、Zaworotko(20)、Ryoo(39)、Terasaki(52)、Lin(54)、Serre(64)、Stang(69)、Long(93)、Champess(94)
Sharpless(4)、Fokin(9)、Finn(33)
ナノカーボン化学(グラフェン、フラーレン、カーボンナノチューブなど)
Smalley(6)、Dai(7)、Hauge(13)、Strano(19)、Sinha Ray(50)、Itkis(51)、Tour(66)、Haddon(68)
List(11)、Jacobsen(14)、MacMillan(16)、Barbas(27)、Fu(43)、Jorgensen(80)
均一系遷移金属触媒(不斉触媒、C-H活性化、クロスカップリング、メタセシス、重合触媒など)
Sharpless(4)、Jacobsen(14)、Grubbs(26)、Noyori(22)、Buchwald(34)、Fu(43)、Toste(71)、Fagnou(77)、Furstner(79)、Hartwig(84)、Dupont(83)、Brookhart(89)、Hoveyda(90)、Zapf(92)
Coates(100)イオン性液体
Brennecke(45)、Seddon(46)、Holbrey(59)
有機エレクトロニクス(色素増感太陽電池、有機EL、導電性材料など)
Thompson (12)、Gratzel(42)、Heeger(47)、Zakeeruddin(53)、Friend (65)、Tour(66)、Cornil(99)
有機ソフトマテリアル(ゲル、デンドリマー、生体材料、ドラッグデリバリーなど)
Whitesides(38)、Rubner (40)、Stupp(57)、Hawker(63)、Frechet(66)、Astruc(73)、Langer(85)
表面修飾
Mirkin(23) 、Whitesides(38)、Craighhead(76)、Mrksich(78)
生体分子・ナノスケールの理論計算
Case(30)、Schatz(75)、Friesner(82)、Mavrikakis(87)、Nitzan(96)、Brooks(97)
各分野ごとに深く解説する能力を筆者はもちあわせていませんが、カテゴライズしてみるとわずかこれだけになってしまうのはほんとうに驚きです。意外とみんな同じことをやっているのだな、ということが分かると思います。
とはいえ最先端フィールドを切り開くパイオニアというものはどの分野にでも必要であり、その人物こそが引用数を稼いでいることは疑いありません。この10年では、ほとんどアメリカの化学者がランキングを独占している現状です。流行をきっちりおさえつつ、パイオニアを出し続ける研究者層の厚さがアメリカにはあるということでしょう。
また、このリストには日本人の名前が大変少ないです。これはどう見れば良いでしょう。我が国にはもちろんオリジナリティの高い仕事をしている研究者は多くいますし、欧米研究者と引けを取らないレベルの方もいます。それでも分野を創り上げられるほどのパイオニア研究者が欠如している・・・のかもしれませんが、どちらかというと、世界へのアピール力が低く、外部から人材を積極的に呼び込もうとする姿勢(=引用数増加に直結) の欠如が反映されての結果にも思われます。
あとはなんだかんだで「出口がちゃんと見える研究」が増えており、総じて実用指向になっているように見受けられます。これは世界的潮流なのでしょう。これだけ研究者人口が増えると、「お金に変えられるプロジェクト」がかなり無いと現実的に回らなくなるのでしょうし、100年前とはさすがに科学の在り方も大きく変わっているでしょうから。
これらカテゴライズを眺めたうえで化学研究の潮流をキーワード化するならば、以下のようになるでしょうか。
「ナノ」「触媒」「環境」「生体適合」「エネルギー」
「エレクトロニクス」「光」「炭素」
目立った化学は、概ねこのキーワードを必ず一つ、もしくは複数含む研究テーマになっているはずです。読者の皆さんのご意見はいかがでしょうか?
この勢力図をガラリと変えてしまえるのは、今そこにいる読者たる、あなたかも知れませんよ?そのためにも、日々精進を重ねていきたいものです。