A synthesis of strychnine by a longest linear sequence of six steps
Martin, D. B. C.; Vanderwal, C. D. Chem. Sci. 2011, DOI: 10.1039/c1sc00009h
ストリキニーネ(Strychinine)はインドやスリランカ、東南アジアやオーストラリア北部などに成育する植物マチンの種子から得られるアルカロイドです。ミステリー好きにはお馴染みの猛毒成分(致死量0.1~0.03g)ですが、大変にユニークな化学構造をしていることでも有名です。分子量334という小柄な分子ながら、ご覧のとおりガチガチの縮環骨格の中に、いくつかの官能基および不斉点を密度高く持っています。このためかつては『知られる中で、もっとも小さく、もっとも複雑な化合物 (for its molecular size it is the most complex substance known)』 と言われていたほどです。
この構造的特性ゆえに合成化学者の興味を長く惹き続けてやまない化合物でもあり、これまでに10数例を数える全合成が達成されてきました。いずれの全合成でも十人十色に時代を反映した方法論が用いられています。勿論その合成はまったく一筋縄に行かないため、ストリキニーネの全合成を達成した化学者は、なべて「ワールドクラスの合成化学者」として認知されてきています。これら一連の仕事を通して眺めることで、「全合成」という学問の歴史と進歩を俯瞰することもでき、まさに『全合成の顔』たる化合物といえるでしょう。
既報の全合成のほとんどは20工程以上を必要としており、短いものでも十数工程の変換が必要です。しかしUCIrvineの若手化学者Christopher Vanderwalは、その記録を大幅に更新し、わずか6工程での全合成を達成しました。これほど複雑な分子にあっては十数工程でも極限値に近いと考えられてきましたが、今回そのイメージは完全にぶっ飛ばされてしまった感じです。
そんな極限まで突き詰められた合成ルートとはいかようなものか、以下見ていくことにしましょう。
この合成で重要な役割を果たしているのは、Zincke Saltと呼ばれる化合物です。これは2級アミン存在下に開環反応を起こし、以下のような高反応性ユニットを与えます。このZincke Salt自体は古くから存在が知られていますが、長らくその価値が発掘されないまま捨て置かれていた物質でもありました。
Vanderwalはこの化合物の有用性を見抜き、Zincke Saltを用いた変換を種々確立[1]、さらにはストリキニーネのStychnos骨格構築へと応用しました[2]。すなわち、図のように保護トリプタミンとZincke Saltを反応させて、引き続き[4+2]様反応を行うことでE環部を構築したのです。あとは別途合成した炭素フラグメントをくっつけ、Brook転位を活用した共役付加によって、典型前駆体たるWieland-Gumlichアルデヒドへと導いています。いずれもさっくり進行しているように見えますが、野心的な全合成の例に漏れず、やはりあちこちで苦労があったようです(どこで苦労していたかは、論文をご覧ください)。
これより短いルートはさすがにもう無理では?・・・ここまでできるのか!と思わざるを得ません。進歩に進歩を重ねた”有機合成の極み”が顕現した成果と言えそうです。ただただ、まったく凄まじい、と感じ入るばかりですね。
関連文献
[1] for example: Steinhardt, S. E.; Silverston, J. S.; Vanderwal, C. D. J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 7560. DOI: 10.1021/ja8028125[2] Martin, D. B. C.; Vanderwal, C. D. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 3472. DOI: 10.1021/ja900640v
関連リンク
- Strychine – Wikipedia
- Strychnine total synthesis – Wikipedia
- ストリキニーネ – Wikipedia
- ストリキニーネ (有機化学美術館)
- Strychine in just six steps (Chemistry World)