レドックスで重要な電子受容体としての役割を担うキノン。
重いアナログ、酸素原子を同属の硫黄、セレンにに変えたものはそのカルコゲノカルボニルの反応性の高さから、非常に合成例が少なく、ほとんど知られていません。
2010年、ジセレノキノンの誘導体が、H. Amouriらにより、初めて構造決定されました。[Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 7530]
まずは、重いキノン合成の歴史から。
単純な構造の1,4-ベンゾキノンのアナログ – モノチオ、ジチオの化合物-が低温マトリックスでスペクトル的に観測されてはいます。[H. Bock et al. Chem. Ber. 1983, 116, 273.]
初めて単離された例は、芳香環の安定化を利用したアントラキノン誘導体の合成で、ジアゾメタン誘導体から硫化を行っています。[M. Raasch, J. Org. Chem. 1979, 44, 632.]
大阪大(発表当時)小田先生のグループでは、t-Bu基の立体障害によりC=S 結合を保護することで、モノチオベンゾキノンを単離しています。前駆体のジスルフィドを真空、140℃にて酸化鉛で酸化しながら昇華するという有機半導体ならではの手法で単離を達成しています。[Suzuki R. et al. Chem. Commun. 2000, 1357.]
また、Cavaのグループはベンゾジチオフェンの立体的・電子的な効果を利用して、初めての単離可能なジチオキノン誘導体を合成しています。[Jackson, Y. A. et al., Org. Lett. 2003, 5, 1883.]
2006年、Amouriらのグループはイリジウムのη錯体として不安定化学種を安定化する手法により、ジチオベンゾキノン、オルトジチオベンゾキノンを合成しています。[Moussa, J. et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 3854.]
同様な手法にてAmouriらのグループは今回、ジセレノキノンのイリジウム錯体を合成しています。合成は、ジクロロベンゼンのIr錯体にNa2Seでipso置換を行うというもの。
個人的に驚いたのはこの錯体の抗癌活性を評価していて、シスプラチン同等の結果をでているところ。構造化学をメインにしている場合、構造決定や素反応を追求していくので驚きでした。
有機金属と典型元素の組み合わせというだけでも面白いのですが、さらに抗癌活性までという境界のない研究。欧州はヘテロ原子の研究が強いですが、さまざまな分野との共同が非常に面白いと感じます。