最近C-H活性化による官能基化や、環境に優しい反応が次々と報告されています。クリーンな反応開発に言及すれば、極力有害物質の使用を避け、簡単にかつ安価に反応を行う研究が精力的に行われています。今回、恐らくそのような背景から開発された反応を紹介します。
ラジカル反応は炭素-炭素結合を形成する有用な反応です。ところが、有機合成化学者ならばラジカル反応と聞くと、「スズを使うのか、臭いな?、後処理めんどーだなー」なんて思いが脳裏をよぎるのではないでしょうか。ラジカル反応で頻用されるスズ化合物は概して、不快な臭いを放ちます。しかもスズ化合物は有害で、環境負荷も大きく、加えて試薬の値段も高めです。さらに、反応に光反応装置等の特殊器具を要することもあり、ラジカル反応は何かと手間がかかるイメージがありました。
そんなお悩み解決の糸口になるであろう、スズを用いない簡便でクリーンなラジカル反応が報告されました。
Iron-Catalyzed Oxidative Addition of
Alkoxycarbonyl Radicals to Alkenes with Carbazates and Air
Tsuyoshi Taniguchi,* Yuki Sugiura, Hisaaki
Zaimoku, and Hiroyuki Ishibashi, Angew. Chem. Int. Ed. 2010, Early View.
DOI: 10.1002/anie.201005574
具体的には、空気雰囲気下、鉄触媒によりカルバゼート体から発生させたアルコキシカルボニルラジカルが、種々のアルケンに付加してβ-ヒドロキシルエステル体を与える反応の開発です。
図は論文より引用
アルコキシカルボニルラジカルは炭素?炭素結合を形成する有用な中間体ですが、一般的にその発生には、有害なスズ化合物の使用や光照射装置などが必要です(eq 1)。今回、著者らは鉄触媒によるカルバゼート体の酸化によりラジカル中間体を上手く発生させることで(eq 2)、生じたラジカル種を活用した簡便でクリーンな反応の開発に成功しました。
図は論文より引用
以下、興味がある方は推定反応機構をお楽しみください。反応はメチルカルバゼート体2a と酸素から発生するFeIII 種との一電子移動で開始され、カチオンラジカル中間体5が生成します。次に,5の脱プロトン化によりラジカル中間体6が発現し、連続的なFeによる6の一電子酸化と脱プロトン化によりジアゼン体7となります。7は同様の酸化パスでラジカル中間体8となり窒素原子の放出でカルボニルラジカル9が生成します。その後、9のアルケン体1への付加とラジカル中間体10の酸素原子のトラップで、ペロキシラジカル11となり、さらにFeと錯体形成が起こり12となります。最後に、酸素結合開裂により生じたアルコキシラジカルがカルバゼート2a等から水素を引き抜きラジカル連鎖が起こります。
図は論文より引用
スズや光装置を必要としないクリーンなラジカル反応であり、市販品から容易に入手可能な不活性アルケンを官能基化できるよい反応だと思います。触媒自体も扱いやすそうで、ラジカルのプロでなくても容易にできる汎用性のある反応と感じました。