これまでのノーベル賞特集記事、お楽しみいただけていますか?
(※過去の記事はこちら→【速報】【お祭り編】【開拓者編】【メカニズム編】【発見物語編】【原因編】)
ベンゼン環同士をつなぐ(sp2-sp2結合を作る)良い反応が、30年前まで事実上なかったのですが―クロスカップリングはこれを可能としました。
その過程には【発見物語編】でも述べたとおり、40年余りに渡る綿々たる研究履歴があります。
今回は整理の意味も兼ねて、マイルストーン的報告を年表形式でご紹介したいと思います。
(※クロスカップリング特集文献(J. Organomet. Chem. 2002, 653, 1.)を参考にしました)
1970 山本明夫がNiEt2(bipy)錯体において、現在では還元的脱離・酸化的付加として知られる現象の原初報告をする。熊田・玉尾らはこの化学にヒントを得て、クロスカッ
プリング反応の開発を後に達成することとなる。
1971 高知和夫(J.K.Kochi)が、Fe(acac)3触媒を用いてクロスカップリングの原型を報告。後にAlois
Furstnerらによって改良される(高知・フュルストナー クロスカップリング)。
1972 熊田誠・玉尾皓平(ニッケル-ホスフィン触媒+グリニャール試薬)、ロバート・コリュー(Ni(acac)2触媒+グリニャール試薬)がそれぞれ独立に、一般性高いクロスカップリング反応条件を世界で初めて報告した。特に熊田・玉尾らは触媒サイクルを示しつつ「分子触媒クロスカップリング」のコンセプトを打ち出した。現在この反応は開発者の名にちなみ、熊田・玉尾・コリュー クロスカップリングと呼ばれている。
1973-1974 熊田・玉尾・Corriuクロスカップリングの世界初の不斉触媒化がConsgilo、熊田・玉尾グループによって独立に達成される。1976年には林民生・玉尾・熊田メンバーにて、フェロセン型不斉配位子を用いた改良が施される。
1975 村橋俊一らによってパラジウム触媒+有機リチウムの組み合わせによるクロスカップリングが開発される。条件が強すぎるため、残念ながら現在用いられることは稀である。
1975 薗頭健吉・萩原伸枝らによって末端アルキンを直接用いるカップリング反応(パラジウム/ヨウ化銅協奏触媒系)が報告される。現在では薗頭・萩原クロスカップリングと呼称される人名反応として知られている。
1976 根岸英一らが有機アルミニウム、有機ジルコニウム、有機亜鉛試薬を用いるクロスカップリング反応を開発。現在では根岸クロスカップリングと呼称される反応である。
1977,1979 右田俊彦・小杉正紀グループおよびジョン・スティルが、有機スズ化合物を用いるクロスカップリングを独立に発見する。現在では右田・小杉・スティル クロスカップリングと呼称されている。
1979 鈴木章・宮浦憲夫らによって、取り扱い・合成容易な有機ホウ素化合物をもちいるクロスカップリングが報告される。現在世界でもっとも有名な人名反応の一つ、鈴木-宮浦クロスカップリング反応の誕生であった。反応効率・基質一般性・官能基受容性・操作簡便性・安全性など、もろもろの点で他のクロスカップリング系を圧倒する。最も理想に近い有機合成反応の一つとしても名高く、完成度の高さはノーベル賞に十分値するものだろう。
1988 檜山為次郎らによって、有機ケイ素化合物を用いたクロスカップリングが開発される。現在では檜山クロスカップリングと呼ばれている。
1993 村井眞二らが、C-H活性化型クロスカップリング反応をNature誌に報告。廃棄物や変換工程を劇的に削減可能になる未来型反応でもあり、現在では世界的な研究領域となっている、触媒的C-H活性化研究の先駆けとなった。
1994 ステファン・バックワルドトおよびジョン・ハートウィグらによって、一般性高い芳香族アミノ化反応・エーテル化反応(バックワルド・ハートウィグ クロスカップリング)が開発される。炭素結合形成ではないがクロスカップリングの好例であり、広く医薬品・機能性材料に応用可能な含窒素芳香族化合物を、一般性高く合成可能にした功績はきわめて大きい。