[スポンサーリンク]

元素の基本と仕組み

172番元素までの周期表が提案される

[スポンサーリンク]

“A suggested periodic table up to Z ≦ 172, based on Dirac-Fock calculations on atoms and ions”
Pyykko, P. Phys. Chem. Chem. Phys. 201113, 161. DOI: 10.1039/c0cp01575j

1869年にドミトリ・イワノヴィッチ・メンデレーエフによって作成された元素周期表は、皆さんにとってなじみ深いものでしょう。

性質の類似性にしたがって元素を並べた直観的な表は、当時未発見だった数々の元素(ガリウムやテクネチウムなど)の発見を促すなど、化学の世界をほうぼうで豊かにしてきました。

現在普及している周期表は、上図のように118番まで欄が設けられています。

2010年10月現在、存在が公式に認められているのは112番元素のコペルニシウム(Cn)まで。113番以降は生成の確認作業、発見作業が進められています(2014年12月追記:現在では114番元素フレロヴィウム(Fl)、116番元素リヴァモリウム(Lv)まで認定済です)。

周期表一つから化学の歴史と最先端領域を俯瞰でき、まさに壮大な化学の系譜でもあるわけです。

さてこのたびヘルシンキ大学のPekka Pyykkoによって、拡張型元素周期表が理論計算を元に提案されました。そこには未だ想像でしかない、172番元素までが記されています。


periodic_tabel_172_2.gif

(画像は論文より引用・改変)

・119,120番元素は、8s軌道に電子を埋めていく典型元素。
・121~138番元素は、電子が5g軌道に埋まっていくカテゴリ。
・139,140番元素は、8p*軌道という変わった軌道(!)に電子が埋まっていくカテゴリ
・141~155番元素は、6f軌道に電子が詰まっていく、ランタノイド・アクチノイドの直下に属するカテゴリ
・156~164番元素は、7d軌道に電子が充填される
・165,166番元素は9s軌道に電子を埋めていく典型元素。
・167,168番は9p軌道に電子が埋まる典型元素。
・169~172番は8p軌道へ電子が埋まる(!) エネルギー準位は9s<9p(一重項)<8p(三重項)になる・・・らしい。

論文ではこの判定基準が数式などを使って詳しく議論されていますが、残念ながら有機屋の筆者、込み入った内容など全く理解出来ません!(苦笑)

とはいえ、「元素(もしくはその多価イオン)の軌道エネルギーを計算し、構成原理・パウリの排他則に従って電子を詰めていく」のが分類の基本的プロセス、というのはどの元素でも共通のようです。

超重元素ともなると、相対論効果の影響などが無視できなくなり、エネルギー計算自体まったく一筋縄ではいかなくなってきます。量子力学の相対論効果はPyykko自身の研究テーマでもあるようで、超重元素の分類にその専門性をフル活用しているようです。

ここで挙げられた最後の172番元素が実験的に確認される日、それはおそらく遥か未来の出来事でしょう。

提案者のPyykko自身、「この周期表が埋まる日はすぐには来ない。実験化学者は100年で、130番元素ぐらいまでは見つけられるかもしれない」とも言っているほどです。

これほどになると「何の役に立つの?」という議論などはまさに瑣末、そんな価値基準を遥かに超越した次元にある問題の一つだと言わざるを得ません。

しかし直接的には役に立たずとも、化学的発見と理論構築の双方にとって、周期表の存在は確実に重要たるものです。
我々の世界認識を拡張してくれるという観点からも、意義深い提案たること間違いないのです。

「僕ら研究者は何も生産していない,無責任さだけが取り柄だからね. でも,百年,二百年先のことを考えられるのは僕らだけなんだよ」 (森博嗣 『すべてがFになる』).

人間の寿命などでは測れないほどの、遥か未来を眺める目を持つことの重要性―その意義を再認識させてくれる研究だと筆者には感じられました。

 

関連書籍

[amazonjs asin=”B00AYA6CX0″ locale=”JP” title=”元素周期表(肖像あり) A1判”][amazonjs asin=”4422420046″ locale=”JP” title=”世界で一番美しい元素図鑑”][amazonjs asin=”4062639246″ locale=”JP” title=”すべてがFになる (講談社文庫)”][amazonjs asin=”4759811672″ locale=”JP” title=”元素生活 Wonderful Life With The ELEMENTS”]

 

関連リンク

ドミトリ・メンデレーエフ – Wikipedia

Extended elements: new periodic table

Professor Pekka Pyykko

Interview with Pekka Pyykko

拡張周期表 – Wikipedia

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. アジリジンが拓く短工程有機合成
  2. 好奇心の使い方 Whitesides教授のエッセイより
  3. 有機合成化学協会誌2022年4月号:硫黄置換基・デヒドロアミノ酸…
  4. 非天然アミノ酸合成に有用な不斉ロジウム触媒の反応機構解明
  5. 研究室での英語【Part1】
  6. NeoCube 「ネオキューブ」
  7. 消せるボールペンのひみつ ~30年の苦闘~
  8. アルコールを空気で酸化する!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【追悼企画】鋭才有機合成化学者ーProf. David Gin
  2. 向山酸化還元縮合反応 Mukaiyama Redox Condensation
  3. KISTEC教育講座『中間水コンセプトによるバイオ・医療材料開発』 ~水・生体環境下で優れた機能を発揮させるための材料・表面・デバイス設計~
  4. 国際化学オリンピックで今年も好成績!
  5. 8億4400万円で和解 青色LED発明対価訴訟
  6. 第85回―「オープン・サイエンス潮流の推進」Cameron Neylon教授
  7. 細胞内の温度をあるがままの状態で測定する新手法の開発 ~「水分子」を温度計に~
  8. 学会に行こう!高校生も研究発表できます
  9. iPadで使えるChemDrawが発売開始
  10. エントロピーを表す記号はなぜSなのか

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年10月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

ディストニックラジカルによる多様なアンモニウム塩の合成法

第643回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の木之下 拓海(きのした …

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー