以前に「化学系ブログのインパクトファクター」と題し、化学系ブログの人気指標を、いくつか提案させていただきました。 現実のリピーター数を比較するには、ブログのGoogleReader登録数(以下GRR値)を見ればよい、という趣旨の記事でした。
このGRR値、時系列に沿ってまとめてみると、化学系ブログの隆盛と発展の様子が良く分かります。あちこち面白い傾向も見えてきます。
ケムステでは独自に、GRR値を定期収集してきました。このたびある程度のデータが溜まりましたので、 今回はその結果をまとめてご紹介したいと思います。題して、
今回は以前に取り上げたものに加え、最近台頭してきたニューフェースブログも別エントリーとして集計してみました。
老舗の化学系ブログ
まずは比較的古くから運営され知名度も高い、以下の化学系ブログの結果発表です。
有機化学美術館・分館
化学者のつぶやき
ケムステニュース
化学業界の話題
科学が変わる、化学が変える
気ままに有機化学
大学教授のぶっちゃけ話
TotallySynthetic.com
一年程度のスパンでGRR値を時系列グラフにしてみました。どれも基本的には単調増加です。
これはすなわち、ブログの読者がどれも増えているということだ・・・一見してそう考えがちなのですが、その前に「最近になってGoogleReaderを使い始める人が増えている」というバックグラウンドを考慮する必要があります。要するに「以前からのリピーターだが、ブックマークをGoogleReaderに移しただけ」という事情なのかも知れないのです。ですから単調増加という事実と、絶対値増分に関しては、ブログ依存なのかどうかどうにも判断しにくいところ。
とはいえ、そのバックグラウンドは各ブログに均等に作用しているはず。つまりバックグラウンドに依存しないファクターは、指標として取り上げるのによさそうです。
例えばグラフの傾き=リピーターの増加率(ブログの勢い)なんかは、そのひとつと言えそうです。
さらに各ブログの特徴をふまえつつ、分析を続けてみます。
「つぶやき」のGRR値は、この一年強で実に3倍近くになりました。グラフの傾きはどのブログよりも高い値を誇っていることが見て取れます。実にケムステでは昨今スタッフの増強に努めつつ、記事の多様化を進めてきました。その効果が徐々に表れ、有機合成化学以外からの読者獲得することに成功しつつある、ということかもしれません。皆さんのご愛顧に感謝いたします!
グラフの傾きについて、もうすこし詳細に見てみると、特に2009年8月~2010年2月と2010年4月頃に、GRR値の急増期間が見られます。これははてなブックマークの影響が最も大きいと分析しています。
たとえば英語Podcastの記事(2009/9/26)、ClimateGate事件の解説(2009/12/7)、文献管理ソフトの特集(2010/4/12)は、当該期間にはてなブックマークのホットエントリに上がり、爆発的なアクセスを稼ぎました。はてブで大々的にフィーチャーされたあとには、GRR値が必ず急増しています。つまりはてブのホットエントリは、新規読者を呼びこむ無視できない窓口となっている、というわけです。ホットエントリだけチェックしているはてブユーザも、実際少なくないのです。
また「有機化学美術館」、「気ままに有機化学」、「大学教授のぶっちゃけ話」は、ケムステと異なり個人運営のブログです。カバーできる内容と量には上限があってしかるべきです。しかし、質の高さと面白さを両立しており、現在でも誠実な更新が続けられています。グラフの傾きを見れば、やはり着実に読者を獲得し続けていることが見て取れます。さすがにWeb化学界を盛り上げてきた立役者です。
全合成という限定的トピックにもかかわらず、「TotallySynthetic.com」が圧倒的なGRR値を誇っている点は見逃せません。とはいえ英語ブログと日本語ブログは、直接に比較できるものではありません。英語人口は日本語人口に比べて圧倒的に多く、対象読者の母集団が全く違う大きさになってくるからです。
しかしマニアックなトピック限定でまとめても、英語で書きさえすればかなりの読者数が見込める、ということをこのデータは示してもいるわけです。英語の苦手な日本の皆さん、英語力がある程度ある研究者の皆さんにとっては、一考に値する事実ではないでしょうか。
化学系ブログのニューフェース
最近立ち上げられた、もしくは発掘された以下の化学系ブログに関しては、データ収集期間が短く、スケールも異なってしまいます。ですから別枠にてご紹介したいと思います。
気ままに創薬化学
ユーキの有機化学Hot Topics
ほろ酔い化学者のブログ
若き有機合成化学者の奮闘記
chasing methodologies that are not there
メドケム日記
NAKADAI Letters
有機化学から医農薬探索から製造へと続く道のり
こちらの方は、トレンドに特徴があります。
注目すべきは上位五つのブログ、とりわけ「chasing methodologies that are not there」さんの最近の急成長ぶりです。
これについては記事の質はもちろんですが、「波及力のある大手ブログで紹介された」という事実がかなり効いていると思われます。
例えば上から4つのブログは、「つぶやき」のインパクトファクター記事(2010/4/13)でも取り上げさせていただきましたし、気ままさんでも大々的に紹介(2009/11/21、2010/1/11)されています。
新着収集サイトChemPortでフィーチャーされている、というファクターも見逃せません。実に上から2つ目~5つ目のブログは、全てChemPortで新着記事がリストアップされるようになっています。とくに「chasing methodologies」さんは、ごく最近(2010/7/11~)から掲載が始まっており、これが急成長の要因になっている、と見ることができます。
つまり、ChemPort・大手ブログが化学系ニューフェースブログに読者を引き込む窓口として機能している、と捉えることが出来ます。これから化学系ブログを始めようと考えている人は、まず「ChemPortに取り上げてもらう」というのが、一つの目標ラインになるかもしれません。
「気ままに創薬化学」は上記の分析に当てはまらないにもかかわらず、伸びが大きく出ています。
これは「メディシナルケミストリーブログ」という、題材として競合がないトピックを扱う独自性ゆえ、当該読者を独占出来ているのが一因と思われます。オリジナリティある内容を分かりやすく伝えるスキルの威力と重要性が見て取れますね。
加えて「気ままに有機化学―ChemPort―気ままに創薬化学」というサイト連動型相乗効果も、無視できないファクターだとと考えられます。有機化学―医薬化学という共通性の高い興味を持つ読者を、同じ管理人が運営するコンテンツ・別ブログを通じてまとめて引きこむという、大変巧みなやり方です。これが他のブログと差別化されてる要因は、こういう相乗効果を活用した普及力にある、と筆者は分析しています。
ちなみにケムステでも、相乗効果を期待した連動戦略は採用されています。
例えば「つぶやき」周辺のデータベースブログ(身の回りの分子、気になる化学用語、世界の化学者データベース、ODOOSなど)は、全てそのような相乗効果を意図してシステムを構築しております。「ケムステニュース」は、一昔前に比べて更新度は低下してますが、今なお読者が獲得出来ており、これも相乗効果によるところが大きいと考えています。
ネットとリアルの関係
筆者の周囲の人間、特に若い学生たちはかなりの人がケムステや有機化学美術館を読んでいるようです。しかし化学をやってる人は学生だけではありません。
ブログを見る人はGoogleReader経由だけではないので、実際のリピーターはGRR値の数倍と見積もられます。感覚的には×2~×3ぐらいと見てよく、「つぶやき」のリピーターは2000~3000人程度と見積もられます。
これはリアルで言うとどれほどの波及効果に相当し、どれぐらい大きな数字なのでしょうか? この点で、参考になるのが「日本化学会の会員数=約4万人」という数値です。
もちろん学会に入らず化学に関わる人もいるでしょうし、各ブログの読者は化学畑の人だけとも限りません。そういう意味では、比較対象として適切かどうか不明ですが、少なくとも化学の人気ブログであっても、リピーターは4万人に遠く及ばない、ということは言えそうです。
すなわち、リアル化学界におけるネットメディアの波及力は、現状その程度でしか無いということです。「ネットで有名=リアルの化学界でも有名」という公式は成り立ちません。これはネットに没頭する人々が得てして忘れがちなので、常に頭の片隅に置いて考えていく必要があるでしょう。
とはいえ見方を変えれば、化学界で一線級の仕事に関わる人でも、サイトの存在を知らない人は多い、ということでもあります。つまり、化学系ブログの潜在的な読者はまだまだ沢山いるのです。執筆者の工夫次第で、リピーター獲得の余地はいくらでもある・・・と筆者個人は考えています。
まとめ
ここ数ヶ月だけでも、かなりの数、化学系ブログが増えました。
半年もしくは一年後、Web化学界はいったいどうなっているのでしょうか?
新たな新鋭ブログが台頭してくるのか?
化学の別分野のブログが増えてくるのか?
意外にも勢力図が大きく変わってくるのか・・・?
Web化学界未だ発展途上です。まだまだ先は読めません。
ケムステでは今後ともGRR値を集計し、定期的に分析していく予定です。
現状把握に、そういったデータを役立てていただければ幸いです。
そして今後、皆さんの取り組みによって、ネットとリアルの関係はいかようにでも変えていくことができるでしょう。ネットの力に期待(bet)するのは、勝率の高い博打の一つです。ぜひ皆さんの力で、Web化学界を盛り上げていきましょう!
ネットが負けるほうに賭けるのは愚かだ。なぜならそれは、人間の創意工夫と創造性の敗北に賭けることだから。── エリック・シュミット
Betting against the net is foolish because you’re betting against human ingenuity and creativity.──Eric Schmidt