[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

NHC銅錯体の塩基を使わない直接的合成

[スポンサーリンク]

 

Cu2O: A Versatile Reagent for Base-Free Direct Synthesis of NHC-Copper Complexes and Decoration of 3D-MOF with Coordinatively Unsaturated NHC-Copper Species
Chun, J.; Lee, H. S.; Jung, I. G.; Lee, S. W.; Kim, H. J.; Son, S. U.
Organometallics, 2010, 29, 1518-1521. doi:10.1021/om900768w

 

少々マニアックな内容かもしれませんが、NHC銅錯体の塩基を使わない直接的合成が少し前に報告されていました。

内容もさることながら、思わず「ああなるほど」と感じた論文でしたので紹介させていただきます。

種々のNHC錯体を合成するときには、主に2つの方法が知られています。すなわち、塩基によりカルベンを発生させてから錯化させる方法と、銀錯体を経由するカルベントランスファーです。最もよく使われる塩基法に対し、それがうまくいかない時の代替として後者の合成法もたまに見かけますが、NHC錯体の合成法といえばほとんどこの2つであるように思います。

 

2015-09-24_16-11-04

NHC錯体の合成法(論文より出典)

 

今回著者らはNHC銅錯体を含むMOFの合成を目指していましたが、そのためにはこれらの従来法が適していなかったため、新たな合成法を探索しました。そして種々の銅試薬を検討した結果、酸化銅(I)が効果的であることを見出しました。

しかもその実験手順は至って単純で、イミダゾリウム塩と酸化銅をジオキサン中100℃で加熱撹拌するだけ! 後処理も簡単で、ろ過して未反応の酸化銅を除き、溶媒を留去したあと水で洗浄し塩を除けば十分だとのこと。実は筆者も試してみたのですが、真っ白な固体を得ることに成功しました。

塩基法による合成は文献通りにやってもうまくいかないことが多く、カラムをしたり再結晶をしたりと精製に手間取らされた記憶があります。それと比べるとずいぶん簡便な手法であり、実際著者らも「NHC塩化銅錯体の工業的な生産へも適応できるだろう」と述べています。

 

ところでこの方法、よく見ればカルベントランスファーを利用する手法とほとんど同じであることが分かります。酸化銀の代わりに酸化銅を用いただけ。銀と銅は同族元素ですから、ああなるほど、そりゃそうか、といったところです。

しかし実際にはこんな簡単な方法が今まで報告されていなかったわけで、必要は発明の母とはこのことですね。そして、まだまだ機構がわからないことも多い有機金属化学、やっぱり頼りになるのは周期表なんだなぁと改めて感じた次第です。

 

関連書籍

[amazonjs asin=”3527334904″ locale=”JP” title=”N-Heterocyclic Carbenes: Effective Tools for Organometallic Synthesis”][amazonjs asin=”9048128676″ locale=”JP” title=”N-Heterocyclic Carbenes in Transition Metal Catalysis and Organocatalysis”]
Avatar photo

arrow

投稿者の記事一覧

大学で有機金属触媒について研究している学生→発光材料や分子性電子素子を研究している大学教員になりました。 好きなものはバスケとお酒、よくしゃべりよく聞きよく笑うこと。 日々の研究生活で見、聞き、感じ、考えたことを発信していきます。

関連記事

  1. 軸不斉のRとS
  2. ADC薬基礎編: 着想の歴史的背景と小分子薬・抗体薬との比較
  3. 化学者のためのエレクトロニクス入門⑥ ~エレクトロニクス産業の今…
  4. アメリカ化学留学 ”入学審査 編”!
  5. 可視光で芳香環を立体選択的に壊す
  6. プラナーボラン - 有機エレクトロニクス界に期待の新化合物
  7. 「えれめんトランプ2.0」が発売された
  8. 官能基化オレフィンのクロスカップリング

注目情報

ピックアップ記事

  1. 分子研 大学院説明会・体験入学説明会 参加登録受付中!
  2. 三菱ケミカル「レイヨン」買収へ
  3. 新たな製品から未承認成分検出 大津の会社製造
  4. 高速原子間力顕微鏡による溶解過程の中間状態の発見
  5. 光を吸わないはずの重原子化合物でも光反応が進行するのはなぜか?
  6. 【速報】2022年ノーベル化学賞は「クリックケミストリーと生体直交化学」へ!
  7. 「サイエンスアワードエレクトロケミストリー賞」が気になったので調べてみた
  8. 1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムヘキサフルオロホスファート:1-Butyl-3-methylimidazolium Hexafluorophosphate
  9. 大阪近海のアサリから麻痺性貝毒が検出される
  10. Reaction and Synthesis: In the Organic Chemistry Laboratory

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年8月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー