過去記事で紹介されていますが、合成経路の理想度の評価手法が提案されています。合成経路を評価するにも様々な観点-収率・反応の新規性・誘導体化の可能性などといったファクターがあると思います。また工業プロセスでは、法規制・安全性・コスト・原料の調達安定性など優先されるファクターが変わってきます。今回、工業プロセスの評価手法として、経済産業省により提案されているMFCA (Material Flow Cost Accounting)という手法を紹介します。
合成経路に限りませんが、論文や特許のイントロでは、既知の技術の問題点を挙げ、報告する仕事の新規性・有用性をアピールします。ところが実際にはその問題は解決しているけれども、別な問題が生じている場合も散見されます。(例えば、原料コストが~という問題提起に対して、新規触媒と特別なadditiveでトータルコストは上がっているとか、反応速度が遅いという問題に対して、試薬の反応性は高いが安全性に問題が生じるなど) 筆者も業務で特許の拒絶対応に関わることがありますが、審査官の指摘に対して、通すために強引な利点の強調を行うことは多々あります。
反応の有用性評価が困難な理由として、着目点が主観であること、複合的な要素に対して定量化ができないことに原因があると思われます。 MFCAはコスト・環境負荷という観点から、製造プロセスのコスト構造の定量化・見える化を行い、何がボトルネックか?を明確にします。
従来の原価計算が、製品を製造にかかるコスト=原単位に着目しているのに対して、MFCAはコストに現れなかった廃棄物を負のコストととらえます。プロセスでは、マテリアルバランス・ヒートバランスをとりますがMFCAはマテリアルバランスにコストにを割り振ったイメージ、またはアトムエコノミーの概念にコストを導入したイメージでしょうか。
こちらのHPに導入事例が紹介されています。しかし、これらの例示を見ても、従来のコスト削減やプロセス改善との違いが明確ではありません。そこで、簡単な有機反応にMFCAを適用してみました。原料コストは試薬カタログから抜粋して、g単価に直しているので、高めになっています。1molの反応を考え、単純に考えるために、当量用い、反応に用いる溶媒・ユーティリティ、処理・回収にかかるコストなどは除いています。原料コストを算出し、分子量に基づいて生成物のコストを計算すると表の様になります。
単純なアルキル化(マロン酸エステル合成):負のコストが非常に高く、ヨウ素の分子量が影響しているのがわかります。収率80%と100%で試算しましたが、80→100と反応条件を改善することは(精製や溶媒コストを考慮しない場合)改善効果は小さく、ボトルネックとしてMeIを避けることが効果的ということが見られます。
鈴木-宮浦カップリング:Pdは2mol%としました。パラジウムが全体コスト半分を占め、負のコストの7割を占めてていることが見えてきます。もし触媒量を半減させられれば、負のコストは60%強におちることも見えてきます。この系では、アリルハライドをClやメシレートに変えようと(触媒も変えなくてはいけませんが)効果は少ないこともわかります。
単純にしていますが、MFCAを使って見るとボトルネックの工程が見えてくるだけでなく、質の良いプロセスや、合成に関して優れていると言われる手法とも相関がとれそうです。例えば、付加反応は置換反応よりも優れる、コンバージェント合成の利点、保護脱保護を避ける、回収触媒など、いずれも負のコストを小さくしていると言えます。MFCAの負のコストが小さいプロセスは、グリーンケミストリーで用いられるEファクターの小さいプロセス相関もとれそうです。
溶媒や反応時間、処理コストを無視して簡単な反応を例示しましたが、MFCAの最大の効力は、ボトルネックを見える化することです。ボトルネックはどこかという側面で反応を眺めてみると、新しい発見があるかもしれません。MFCAは経済産業省が国際標準採用に向け活動中ということですので、概念を把握しておくだけでも役立つかもしれません。