[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

(+)-マンザミンAの全合成

[スポンサーリンク]

 

Total Synthesis of (+)-Manzamine A
Toma,T.;  Kita, Y.; Fukuyama, T. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 10233. doi:10.1021/ja103721s

海洋性アルカロイド・マンザミンAはその特異な5環性主骨格(6-6-5-15-8システム)に加えて、多様な生物活性(細胞毒性、抗菌活性、抗マラリア、駆虫作用、抗炎症、抗HIV)を示すため、世界中の合成化学者の興味を引いて止まない化合物の一つです。

東京大学の福山透教授らは、オリジナルの大員環合成法(Nsケミストリー)を武器に、極めて挑戦的なルートにて、この難関化合物の全合成を達成しました。


彼らのルートでは初期段階であらかじめD環を巻いておき、シクロファン型鍵中間体を経由しています。既報の合成例はどれも合成後半にて15員D環を構築しており、この観点でもまず全くアプローチが異なっています。

これにはもちろん、戦略的意図があります。
シクロファン骨格を持つ化合物の場合、環の外側からしか試薬は近づけないので、面選択性の発現が期待されます(下図)。この特性を利用して、B環上に置換基を生やしながら不斉点の構築を行っている―これが福山ルートの特徴です。

manzamineA_4.gifシクロファン中間体自体は、ジアステレオ選択的Diels-Alder反応(B環構築)、福山アミン合成法(D環構築)を用いて上手く作っています。

manzamineA_2.gifさてこれ以降は、キー反応のオンパレードであり、圧巻の変換シークエンスが次々と押し寄せます。

manzamineA_3.gifまずはリチウムエノラートへのMander試薬、アルキル基の連続導入でB環上の不斉四級炭素を構築、ひき続いてTBHPを用いた求核的エポキシ化によって、もう一つの四置換不斉点も構築しています。

続いてC環構築です。アミン根元の立体は、変形Overman転位、ひき続く還元的アミノ化によって構築されています。還元的アミノ化だけは、環の内側からヒドリドが反応しています。おそらくは近傍のメチルエステルによる試薬配向があるのでしょう。この段階におけるイミンは相当に分解しやすく、隣のエステルとすぐにラクタムを巻いてしまう、と論文中で述べられています。用いられている条件からして、どれもあまり一般的ではありませんし、苦労の跡が伺えます。

そして最終段階で、還元的アミノ化によるA環構築、閉環メタセシス(RCM)による8員E環構築を行い、主骨格を完成させています。

もちろん裏には膨大な検討があるのでしょうが、一連の環構築と立体制御は総じて狙った通りズバズバと決まっている感じです。結果として、自らの強み(Nsケミストリー)を活かした戦略に基づく、極めて独創的なルートに仕上がっています。全くもって「流石」の一言に尽きます。

「溜息が出るような美しい合成」であることは勿論、人の後塵を拝することを良しとしない、世界最高峰の合成化学者としてのプライドに溢れた全合成の一つだと筆者には感じられました。素晴らしい合成です。

 

関連リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. キラルLewis酸触媒による“3員環経由4員環”合成
  2. 【Q&Aシリーズ❷ 技術者・事業担当者向け】 マイクロ…
  3. ナノクリスタルによるロタキサン~「モファキサン」の合成に成功~
  4. 合格体験記:知的財産管理技能検定~berg編~
  5. 女性化学賞と私の歩み【世界化学年 女性化学賞受賞 特別イベント】…
  6. 「糖鎖レセプターに着目したインフルエンザウイルスの進化の解明」ー…
  7. 大量合成も可能なシビれる1,2-ジアミン合成法
  8. ポンコツ博士の海外奮闘録⑤ 〜博士,アメ飯を食す。バーガー編〜

注目情報

ピックアップ記事

  1. 米国へ講演旅行へ行ってきました:Part IV
  2. ビニル位炭素-水素結合への形式的分子内カルベン挿入
  3. 文化勲章にノーベル賞の天野さん・中村さんら7人
  4. 第91回―「短寿命化学種の分光学」Daniel Neumark教授
  5. アライン種の新しい発生法
  6. 光と水で還元的環化反応をリノベーション
  7. Pixiv発!秀作化学イラスト集【Part 1】
  8. 第144回―「CO2を捕捉する多孔性金属-有機構造体の開発」Myunghyun Paik Suh教授
  9. 2-トリメチルシリル-1,3-ジチアン:1,3-Dithian-2-yltrimethylsilane
  10. 書籍「Topics in Current Chemistry」がジャーナルになるらしい

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2010年8月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー