上記の様なシクロプロペンは、脱離基Xを放出することでシクロプロペニルカチオンとなります。Huckel則を満たす芳香族化合物ですから、カチオンは大変安定に存在します。
この化学種自体は、ロナルド・ブレズロウ教授によって1957年に発見されました[1] 。
有機合成という観点からはとりたてて化学者たちの目をひかなかったこの化学種ですが、発見から50余年を経た現在、スポットライトが当たりつつあります。
コロンビア大学の若手化学者Tristan Lambertらは、シクロプロペニルカチオンの特異な性質を利用した有機合成試薬の開発に成功しました。
まずはアルコールの直接的クロロ化反応。
Aromatic Cation Activation of Alcohols: Conversion to Alkyl Chlorides Using
Dichlorodiphenylcyclopropene
Kelly, B. D.; Lambert, T. H. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 13930. doi:10.1021/ja906520p
ほとんどの基質に対して室温下、一時間未満にて反応は完結します。活性なベンジル・アリル・プロパルギルアルコールのみならず、低反応性の2級、3級アルコールですら反応が進行するのは特筆すべき点でしょう。キラルアルコールは立体反転した塩化物を与えることから、主としてSN2機構で進行していることが示唆されます。
反応機構のポイントは、アルコール置換後にシクロプロペニルカチオンが生成し、置換不活性なアルコールを脱離基として活性化できている点です。置換前・置換後ともにシクロプロペニルカチオンを経由して活用する、大変上手い試薬デザインとなっています。
また同様のコンセプトに基づき、温和な条件下にてカルボン酸から酸クロリドを生成することにも成功しています。
Nucleophilic Acyl Substitution via Aromatic Cation Activation of Carboxylic Acids: Rapid Generation of Acid Chlorides under Mild Conditions
Hardee, D. J.; Kovalchuke, L.; Lambert, T. H. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 5002 doi:10.1021/ja101292a
彼らはアミド・ペプチド合成に適用し、ラセミ化を起こさない十分温和な条件であることを示しています。この場合には、イソプロピル置換試薬+Hunig Baseの添加が良好な結果を与えるとのこと。ただしこの構造チューニングに伴い、試薬が活性になる反面、用時調製(シクロプロペノン+塩化オギザリル)が必要になってしまう欠点はあるそうです。とはいえ前駆体(シクロプロペノン)が入手容易となれば、十分有用な合成手法たり得るのではないでしょうか。
またごく最近では塩化亜鉛との共同作用によって、触媒量でベックマン転位が進行することも示されています[2]。
今後の展開としてはさらなる機能性置換基の導入による試薬のチューニング、また求核剤を塩素以外に広げる、などが即座に思いつくところでしょうか。C-C結合形成にまで使用可能となれば、かなり優れた方法論になりそうですね。
古典的な化学種を使ったものながら、そのケミストリーは斬新そのもの。まさに古きをたずねて新しきを知る、「温故知新ケミストリー」と言えそうです。今後のさらなる発展、それと試薬市販化にも是非期待したいですね。
関連文献
- Breslow, R. J. Am. Chem. Soc. 1957, 79, 5318. doi:10.1021/ja01576a067 (b) Review: Komatsu, K.; Kitagawa, T. Chem. Rev. 2003, 103, 1371. DOI: 10.1021/cr010011q
- Srivastava, V. P.; Patel, R.; Yadav, L. D. S. Chem. Commun. 2010, Advanced Articles. DOI: 10.1039/c0cc00815j
外部リンク
- 芳香族って何モノ?(有機って面白いよね!!)
- ベンゼンの仲間たち -sp2炭素の世界- (おもしろ有機化学ワールド)
- Lambert Group