(写真:徳島文理大学)
先日、知り合いの先生とお話をしていたら、
徳島文理大学教授の
西沢麦夫先生が先月お亡くなりになったのを初めて知りました。西沢教授は水銀トリフラートを用いた天然物合成で非常に有名な教授です。特別直接お話したことはありませんが、学生の時、徳島へ学会にいった際に研究室にお邪魔させていただいて見学し、四国の私立大学でも(四国の方申し訳ございません)こんなに充実した設備があるんだと驚いた記憶があります。夏の学校や関連学会でも研究室の方々のご活躍はすばらしいものがありました。それだけ有機合成化学の分野で活躍し力をもっていたということでしょう。今年の春には
2010年の日本薬学会賞を受賞したばかりでした。既に何度か体を壊して体調もままならなかったらしいのですが、受賞講演は車椅子に乗り、自身で講演を行ったそうです。
というわけで今回は西沢先生の追悼企画として、先生のこれまでの経歴とお仕事を簡単に紹介したいと思います。
西沢麦夫先生は1945年、千葉県で生まれ、その後大阪に移り、大阪府立三国丘高校を卒業します。大学は静岡大学工学部に進学され、大学院から大阪市立大学大学院理学研究科(目武雄教授)の元でイワヒメワラビの辛み成分の単離・構造決定・全合成で学位を取得されました。
1975年にピッツバーグ大学の
Grieco教授(現モンタナ大学教授)の博士研究員となり、天然物の合成研究に挑み、論文にして10報以上の結果を出しました。そこで開発した有機セレン試薬を用いたアルコールからのオレフィンへの変換法[1]は
西沢-Grieco法として現在でも複雑な化合物の官能基変換に用いられています。
現在でもピッツバーグ大学には有名な合成化学者がいますが、当時は若き
DanishefskyとGriecoが盛んに研究を行っており、日本の研究者も多く博士研究員として在籍していました。同時期に在籍していた研究者に、
北原武(東大名誉教授)、平間正博(東北大教授)、宮下正昭(北大名誉教授)、大船 泰史(大阪市大教授)、
横山祐作(東邦大教授)などがいます。
帰国後、名古屋大学野依良治教授(現在理化学研究所理事長)の助手となり、3年後大阪市立大学に戻りました。その間インドネシアを放浪してセンダン科の果実ズクの中の化合物 ランジック酸に興味を示しました。[2]それが実は後に育毛活性を示しカネボウから紫電改ランジックという商品名で売られることとなります。その化合物をつくるために発見した水銀トリフラート[3]、現在では西沢試薬と呼ばれていますが、それがきっかけとなりその後の大きな研究成果につながっていきます。
1986年に徳島文理大学薬学部の教授となった西沢先生はそこから約25年間四国、徳島の有機化学、天然物を確立すべく様々な研究を行いそれを実現してきました。具体的には前述した水銀トリフラートを用いた環化反応を鍵とした多くの天然物合成が主な研究テーマとなります。この反応を用いて最強の甘味配糖体オスラジンの構造訂正を含めた全合成を多数達成しています。[4]
その他にもステロイド生合成の謎に迫る有機合成、免疫を活性化する制がん剤の開発を目指す研究などを行ってきました。非常にユーモアがあり、それは研究にも反映されています。例えば、1991年に合成した環状オリゴ糖は徳島の名物阿波踊りから冠して、シクロアワオドリンと命名しています[5]。
また、制がん剤・感染症治療薬として期待される免疫活性化化合物を合成し、それをビサンチンと名付けました。[6]ビザンチンは実は徳島市のシンボルである眉山にちなんで名付けたそうです。
研究活動だけでなく多くの学会等の活動にも尽力をつくりました。徳島で行われた天然物討論会、天然物談話会はいずれも大成功を収め、化学的に重要な研究成果の発表が行われました。25年間という長い研究室運営の中で、共同研究者として
山田英俊(関西学院大教授)、
畑山範(長崎大教授)、
杉原多公通(新潟薬科大教授)、
今川洋(徳島文理准教授)、
難波康祐(北大講師)などの研究者も生み出しています。
写真を探していたら何枚か有りましたので2枚だけ掲載させていただきます。
2004年淡路天然物談話会にて
(前列右が西沢教授。他に前列左:
井上将行教授(東大薬)中央:
上村大輔教授(慶応大) 左2 番目楠見武徳特任教授(東工大)、後列中央:山田秀俊教授(関西学院大)など)
2005年に徳島で行われた天然物討論会の懇親会。
西沢先生のアイデアで皆で阿波踊りを踊って盛り上がった。
自転車や旅が好きで、まさにバイタリティーあふれた合成化学屋さんであったと思います。最後のテーマはガンに関する研究でしたが、自身もガンに冒された中行っていたテーマでした。研究、研究分野を盛り上げるためにご尽力を尽くされた西沢麦夫教授にご冥福をお祈りします。
[1] Grieco,P. A.; Gilman, S.; Nishizawa, M.
J. Org. Chem. 1976,
41, 1485. DOI:
10.1021/jo00870a052
[2] Nishizawa, M.; Nishide, H.; Kosela, S.; Hayashi, Y
.
J. Org. Chem. 1983, 48, 4462. DOI:
10.1021/jo00172a004
[6] Nishizawa, M.; Imagawa H.; Yamamoto H.,
Org. Biomol. Chem.
2010,
8, 511. DOI:
10.1039/b920434b