Dilithioplumbole: A Lead-Bearing Aromatic Cyclopentadienyl Analog
M. Saito, M. Sakaguchi, T. Tajima, K. Ishimura, S. Nagase, M. Hada,
Science 328 , 339 (2010). doi:10.1126/science.1183648
埼玉大学理学部基礎科学科、斎藤雅一教授 の研究成果が世界を賑わしています。
第14族元素である鉛を骨格に含むシクロペンタジエンジエニルアニオン種が芳香族性を有することがScience誌に報告されました。
これまでに含スズ芳香族化合物としてジリチオスタンノールや2-スタンナナフタレンの合成が報告されていましたが、今回の研究成果を受けて、ジリチオプルンボールが最も重い高周期14族元素を含む芳香族化合物 として、チャンピオンレコードに名を連ねることとなりましたので紹介します。
内容の全体について解説しますので、2部構成となっています。
②部は「溶液中の構造について~まとめ」です。
引き続き、第②部です。
まずは
第①部 のほうを見てからのほうがわかりやすいかと思います。
先にも述べたように、最終的にはX線結晶構造解析によって構造を決定している訳ですが、やはり溶液中の構造 にも興味が持たれるところなので少し解説します。現代の化学者にはNMRという強力な武器がありますしね。
13 C NMRではジリチオプルンボール2 のα位炭素は228.3 ppmに観測され、前駆体であるヘキサフェニルプルンボール1 の対応する値(154 ppm)と比較すると明らかに低磁場シフトしていました。一方で2 のβ位炭素は147 ppmに観測され、1 の対応する値(153 ppm)と比較すると若干ながら高磁場シフトしていました。
同様な傾向は、これまでに芳香族化合物として報告されている高周期14族元素ジリチオメタロール類縁体Li2 ?MC4 R4 (M = Si, Ge, Sn)においても見られており、今回のジリチオプルンボール2 も同様な芳香属性を持つ化合物である事が示唆されます。
さらに207 Pb NMRではジリチオプルンボール2 のPbシグナルは1712.8 ppmに観測され、前駆体1 の対応する値(-24.5 ppm)と比較すると、大きく低磁場シフトしていました。論文中ではこの化学シフト値の変化を「鉛原子上の負電荷の増加」 もしくは「二価化学種プルンビレン(:PbR2 )としての寄与の発現」 の結果として説明しています。
7 Li NMRにおいては、2 の芳香環であるプルンボール環上に位置するリチウム原子は、三分子のDMEに配位されたもう一方のリチウム原子と比較して、芳香環の環電流の影響を受けて高磁場シフトすると考えられます。
しかしながら、実験的には-1.11 ppmにシグナルが観測されるのみであり、この化学シフト値は一般的な有機リチウム試薬に見られる値と同程度でした。つまり、溶液中では五員環のη 5 型の配位形式を取るリチウムと、DMEに溶媒和されたリチウム間で、素早い交換が起きていることが示唆されました。
さらに論文中では相対論効果を考慮した計算によって見積もられる化学シフト値や、芳香属性の指標となるNICS(1)の値についても詳細に議論しています。
ふむふむ。
これらの議論ではNMRの測定をしている溶液(C6 D6 )中でも結晶構造と同様の、「モノマーで芳香族化合物としてのジリチオプルンボール構造」 を取っていると考えられるようです。
では、リチウム上の配位溶媒を交換したらどうなるでしょうか?
クラウンエーテルなどの配位性の強い溶媒によって、完全に二つのリチウムをプルンボール環から引きはがしたジアニオン種[PbC4 Ph4 ]2- も、芳香族化合物として存在しうるのでしょうか?すでに検討はされていそうですが、芳香属性を持つのか、モノマーとして存在しうるのかといった点は気になるところです。
また、芳香属性の強さについてはどう見積もっているのでしょうか?
特に本論文のように高周期元素類縁体と、炭素みからなる最もシンプルな化合物(例えば今回のケースではCpLi)を比べた場合、芳香族性の大小関係はどうなっているのか、というのは誰もが疑問に持つ点だ思います。
しかしながら、私の知る限り、実験的にも理論的にも芳香属性を定量的に扱うの難しい問題のようです。もしいいアイディアがあればぜひ教えてください。
ここまでで、解説やら自分なりに疑問に思った点やらを長々と書き綴ったわけですが。
最後に一つエピソードを。
とある縁で、私はこの論文の実験担当者の一人と話す機会があったので、「研究を行う上で最も苦労した点」 、「それを解決するために工夫した点」 を聞いてみました。
最も苦労した点は、「結晶化」 の段階だったそうです。
当然のことながら、本報のような分子構造が鍵となる論文では結晶構造の有無によって投稿できる論文のグレードに雲泥の差があります。
さらに分子の結晶性を予想するのは難しく、良質な結晶を得るためには「充分な経験」 と「ほんの少しの運」 が無くてはうまくいかないように思います。
その彼は途方も無い実験時間をかけて再結晶の条件を検討し、良質な結晶を作成することに成功したようです。その過程は再結晶用のノートに詳細にまとめられているそうです。やはり我々科学者に取って実験ノートは努力の結晶でもあるわけですね。
また、苦労した点としては、「含鉛有機化合物自体の前例(参考文献等)が少なく、何をするにも試行錯誤の連続」 だったそうです。
フロントランナーの宿命でしょうか。このような苦労を乗り越えてこそ、超一流の研究成果と言ったところなのでしょう。 ただただ尊敬するばかり、です。
今後も日本の化学者が世界をリードする有機鉛化学の発展に注目していきましょう!
J. Dubac, C. Guerin, P. Meunier, in The Chemistry of Organic Silicon Compounds, Z. Rappoport, Y. Apeloig, Eds. (Wiley, Chichester, UK, 1998), pp. 1961-2036.
M. Saito, M. Yoshioka, The anions and dianions of group 14 metalloles. Coord. Chem. Rev. 249 , 765 (2005).
V. Y. Lee, A. Sekiguchi, Aromaticity of group 14 organometallics: Experimental aspects. Angew. Chem. Int. Ed. 46 , 6596 (2007).
関連書籍(鉛を含めた有機典型元素化学の基礎を網羅)
秋葉 欣哉
発売日 : 2008/03/01
出版社/メーカー : 講談社
おすすめ度 : (1 review)
まあまあ