ヘテロ環の化学はベンゼンとは一味異なり、予期しない反応性を示すことがあります。
ヘテロ環としてN, O以外にも芳香環に高周期元素を導入しようという研究も進み、ケイ素に関しては日本では筑波の関口研・京都の時任研から面白い化合物が得られています。
今回D.ShceschkewitzのグループからSiR6のベンゼンのケイ素同素体が報告されました[Science 327, 564-566 (2010)]。
youtubeに、X線結晶構造解析の動画があります。
恥ずかしながら、筆者はスキームをみて斜め読みした段階では、この論文をしっかりと読むまで、「混ぜました、取れました、構造決定したら珍種でした」という、古き良き有機化学時代の仕事と誤解していました。
それというのも、Scheschkewitzはシントンとなり得るSi=Si-(Li)種の簡便な調整法を見出して以来[Angew Chem Int Ed. 43, 2965 (2004)]、electrophileを変えることで様々なSi化合物を見出しています[Chem. Eur. J. 15, 2476 (2009)]。 SiCl4を用いた反応性は報告済みでしたので、Si-NMRで見つけてはいたけれども構造解析に適した結晶を得るのに苦労しつつ、芳香族性をもっているために、そこそこ安定に取り扱えることも幸運だった・・・という誤った認識でした。
ところが、実際読んでみると、5.6 gの原料にリチウムナフタレニドで還元と、実験室レベルではかなり大きいスケールを用い単離しており苦労が伺えます。また、論文後半部では分子起動計算に芳香族性の評価などを丁寧に議論しています。
今回得られた化合物の興味深い点は、Si(0), Si(I), Si(II) と異なる原子価のケイ素原子が芳香族性を構成していることで、Scheschkewitzらはdismutational aromaticityという概念を提唱し、Huckel芳香族性を拡張できるとしています。混合原子価の元素で芳香族性を構成できるということが示された今回の仕事は、新規な芳香環構築やヘテロ原子を芳香環に組み込む上での示唆を与えていて、その点がScience掲載の理由と思います。
論文中では、異性体のヘキサシラプリズマンとヘキサシラベンゼンのエネルギー差を見積もっていて、それぞれ-11.7 kcal/mol, -4.3 kcal/molほど今回合成した骨格よりも安定とのことで、ヘキサシラベンゼン合成の可能性を示唆しています。
この新規化合物の反応性、転移の検討や、立体的に難しいとは思いますが金属錯体などフルペーパーでの報告が楽しみです。