化学の世界に限らず研究者たるもの、英語での論文執筆は必須のスキルです。
しかし、英語の苦手な日本人研究者にとっては、現実的に大変ストレスフルな作業の一つでもあります。とりわけ英語論文を書き慣れていない学生・院生・若手研究者なんかだと、一つの論文を書き上げるだけで、実に大変な思いをするものです。
もちろん筆者自身も全く例外ではなく、何とかして負担を軽減したいと考えてきました。ネット上のツールをいろいろ漁ってみると、やはり世界広しで、便利なものを無料公開してくれている、親切なサービスを諸々発見することができました。
今回の記事では、とりわけ化学者向けの、「英語論文執筆の負担を減じてくれる各種無料ツール」をまとめて紹介したいと思います。
とはいえ化学領域に限らず、普段の英文・論文・レポートを書く方々にとっては、広く役立つものと思われます。是非お試しあれ!
Exemplar
エグゼンプラー(Exemplar)というWebサイトはSpringer社から最近公開されたばかりの、論文用例データベースです。特に登録などは必要なく、誰でもどこからでも無料で使えます。
例えば「室温で」と書きたい場合、”?? room temperature”という表現なのは想像つきます。しかし「??の部分に、この文脈ではどういう前置詞が来るのだろうか?」などと迷うケースも少なくありません。特に専門用語の場合、用例が普通の辞書に載ってないことも多く、調べること自体なかなかままなりません。そういう時に役立つサイトの一つです。
ソースが学術論文なので、他の例文集とは異なり、論文表現に特化した用例が検索出来るのが最大の強みです。また、論文時系列・著者の属する地域・ジャーナル別に統計が表示されてくるのもユニーク。これを見れば、「当該分野の研究者やネイティブスピーカーが好んで使う表現かどうか」なんてことまで、およそ推測可能です。
このサイトは本当に便利で、筆者は何かにつけて活用しまくっています。超オススメです。
PCで使える英和/和英/英英辞書
世の中にはたくさん同類の辞書サービスがありますが、実際に使い比べてみた感じ、「決定版」と呼ぶにふさわしいものとなるとこれかな、と思えます。
オフラインで使えるポップアップタイプの辞書は、Lingoes・キングソフト辞書がやはりベストでしょう(「つぶやき」での紹介記事はこちら)。単語をクリックすれば意味がポップアップされてくるので英文読解に使えるばかりか、もちろん普通の辞書としても使うことができます。これで無料というのも大きい。
オンライン辞書の方は、日本語サイトだとWeb英辞郞、海外だとDictionary.comなんかが定番でしょうか。
わざわざブラウザを開かねばならず、レスポンスもやや遅いため、実用観点ではLingoesなどに引けを取りますが、登録数・用例などは充実しています。Dictionary.comでは発音までもが掲載されているほどです。
シソーラス
シソーラスというのは日本語で言うところの類語辞典、つまり「同じ、もしくは似た意味を持つ他の単語」を引くときに使う辞書のことです。
例えば「convert」をシソーラスで引くと、metamorphose, mutate, transfigure, transform, translate, transmogrify, transmute, transpose, transubstantiate, change…などといった単語がずらずら出てきます。
論文表現を単調にしないためにも普段からシソーラスをこまめに引き、語彙を蓄えて行く習慣をつけると良いです。ただし、出てきた類語が論文表現にふさわしいものかどうか、非ネイティブの身には判別できないケースもままあります。あまりに凝った単語の使用は避けるか、上記のExemplerでチェックしてから使うほうが無難でしょう。
オンライン辞書なら、Dictionary.comの姉妹サイトでもあるThesaurus.comが定番です。オフラインでシソーラスを使いたいなら、Lingoesにシソーラスを追加するか、もしくは専用アプリであるWordWebを導入するのが良いでしょう。この方法ならいずれも無料です。
化学者用Word辞書
以前に「つぶやき」でも紹介しました。 Wordのスペルチェック用の化学専門用語約10万語が収められています。「間違ってないのにWordによるスペルミス指摘が多すぎてウザすぎ!」とお嘆きの方は是非導入してみてください。目に付く赤線がほとんど消えるので、実に見た目が良くなります。
Google日本語入力システム
専門用語サジェスト機能の秀逸さは以前に「つぶやき」で特集したとおりですが、実は他にもいろいろと便利な活用法が考えられます。
例えば意外と皆さんご存じないことでしょうが、カタカナ語を入力して変換すると、オリジナルの英単語スペルが変換候補として表示されてくるのです。Google侮れない!もちろん辞書ソフトではないので、何でもかんでも変換される訳ではありません。しかしスペリングが混乱して上手く辞書検索出来なかった時などに、試してみる価値は十分あります。
ついでにちょっとしたテクですが、ジャーナル略称を辞書登録しておくと、実に便利だったりもします。例えば有機化学系ジャーナルを頻繁に入力する筆者などは、以下のようなものを予め単語登録してあります。
じゃっくす → J. Am. Chem. Soc.
あんげ → Angew. Chem. Int. Ed.
おーえる → Org. Lett.
じぇいおー → J. Org. Chem.
てぃーえる → Tetrahedron Lett.
てとら → Tetrahedron
…etc
※ちなみに他のジャーナル略称は、こちらから調べられます。
ChemFormatter
化学論文執筆の際、化学式(示性式)をタイプする機会はたいへん多いのですが、いちいちプルダウンメニューで「書式」を選択し、数値を”下付き”、”上付き”へ整形するのはかなり面倒くさいものです。
そんな化学式テキスト入力を支援してくれるのが、ChemFormatterというWord用アドインです。文字列を選択してボタンを押すだけで、化学式やNMR、ジャーナル様式など諸々のフォーマットにあわせて整形してくれます。
とまぁここまで紹介しておいて何ですが、ブラインドタッチが出来るぐらいの人だと、ショートカットキーを使う方がずっと速いです。Word(Windows環境)で化学の文章を書く場合、以下のショートカットキーは特に使い勝手が良いので、是非覚えておきたいものですね。
上付き → Ctrl+Shift+「+」
下付き → Ctrl+Shift+「-」
イタリック → Ctrl+「I」
太字 → Ctrl+「B」
ギリシャ文字・記号(symbol font化) → Ctrl+Shift+「Q」
おまけ:ChemSketch
無料の化学構造式描画ソフトです。ChemDrawが高価で手に入らないと嘆きつつ、それでも化学のレポート・論文を書かねばならないという学生・研究者の方々にとって、とても有益なソフトです。詳しくは「つぶやき」での紹介記事をご参照ください。
関連書籍
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関連リンク
- 研究者の書棚:英語論文の書き方本 (研究留学ネット)
- 有機化学者が漢字変換登録すべき用語たち[初版] [増補版] (気ままに有機化学)