1月中旬からクラレHPにて配信されている、「当社の新事業開発について」を視聴しました。高シェアの製品群を有する優良企業が、研究開発をどのような方針で進めているのか、企業文化からどう推進しているかを興味深く見れました。クラレはリーマンショック以降の大幅な中期計画変更により、アクア・太陽光発電・エネルギー・メディカルなどに重点的に種を蒔いており、化学の技術が大きな役割を担える分野に集中しているといえます。
さて、この配信の戦略に関する中で、「企業の研究開発はほかの人が想像する以上につらい」という発言がありました。研究開発が事業になるまでの歩みは、魔の川を渡り、死の谷を歩み、ダーウィンの海を生き抜き対岸に渡ると呼称されます。
筆者も企業での研究開発経験は短いですが、その中で経験した死の谷を超えられずに製品が出せなかった事例を紹介したいと思います。
研究所からは新しいコンセプトの製品や新規な化合物はそれなりには見つかっています。しかし、安全性試験と量産化での問題が壁になる場合があります。
安全性試験の少し変わった経験として、
「自社の行った安全性試験では問題なしだが、他社の行った異なる菌種の試験でひっかっかった」
という事例がありました。
(自社でもいくつかの菌種でやり直した結果は無害という結果でしたが、リスクから結局生産には至りませんでした。)
量産化に関しては、コストや品質面での要求にあわないこともよくありますが、
「ppmオーダーのバイプロ(副生成物)が毒性を持つため、ルート変更を余儀なくされ中止」
「実験室レベルでは問題なかったが、多量になると精製プロセスで分解がみられ中止」
「生産はできるがバッチのコンタミ(混入)がひどく、生産能力全体への影響を考え中止」
といった事例がありました。研究所サイドから見ると、そこは何とかプロセス開発サイドで乗り越えて欲しいとは思うことも多々あるのですが、法律による規制や安全性など苦しいことが多いようです。工場サイドが言うことには、収率が落ちても、安全性や実績のある試薬や反応条件を選定するということです。(筆者は個人的にはそんなことを続けていたら、技術は上がらないと思ってます)
また特許面で競争は当然ありますが、コスト競争として
「コストダウンの可能なプロセスを開発したが、スケールアップ検討している間に、安価な中国製の価格ダウンの方が大きく中止」。
というものがありました。筆者が工場の先輩から聞いた話ですが、中国に視察に行った際、あちらでは足場が竹で組まれプラントが建てられていたそうです。日本では安全を第一に、安定な鉄での足場・命綱や法律の徹底・安全監視者などがあり、コスト競争だけでは勝ち目がないとのことでした。冒頭のクラレ製品でも人工皮革では中国製の安価品の品質向上によって、高級品クラリーノでは価格的に苦しく、差別化が難しいことから、新規にティレニーナという製造工程で用材を使わない環境対応型の事業化が昨年から動いているとのことです。
ほかの例としては、製品の生産が確保できても、顧客サイドでテーマが開発中止になったり、自社で得られた結果と顧客サイドのデータが一致せず、納得できない状態で中止になる場合などもありました。
改めて身の回りの電子製品を見ると、死の谷を越えた製品というのは、血眼の努力の結晶だなと思わされます。