東京大学の相田卓三教授のグループから、組成の95%以上が水分でありながら、シリコンゴム程度の強度と自己修復性を合わせ持つハイドロゲルが発表されました。[1] その高含水率から「アクアマテリアル」と命名されています(写真は毎日新聞より)。
新聞各紙やYahoo!ニュースのトップにも取り上げられたので、そちらをご覧になった方も多いかもしれません。
これまでのハイドロゲルは、共有結合による架橋を利用しており、もろくて不透明なものでした。近年報告されている、層状粘土鉱物(クレイ)と高分子を用いたゲルは、クレイと水の存在下で高分子を合成して作成するために調製に手間がかかる上、実用レベルの強度、高含水率、自己修復性を獲得するには至っていません。
今回のアクアマテリアルは、超分子的なアプローチにより、水分含有率が95%以上のハイドロゲルでありながら簡便な作成・自己修復性・高強度を実現しています。
では、詳しいその原理を見てみましょう。
まず、用いられている材料は、水・層状粘土鉱物(クレイ)・ポリアクリル酸ナトリウム、両末端デンドロン化高分子です。それぞれの材料について少し説明します。
1. 層状粘土鉱物(クレイ)
ケイ酸やアルミナが層状に積み重なった構造を有する鉱物で、化粧品・シャンプー・吸湿剤などに用いられています。エッジ部分に正電荷を、それ以外は負電荷を有しています。
2. ポリアクリル酸ナトリウム
吸水性高分子として知られ、保冷剤や紙おむつだけでなく、増粘剤として食品添加物にも使われます。主鎖部分に負電荷を有しています。
3.両末端デンドロン化高分子
主鎖部分に水溶性で無害な高分子であるポリエチレングリコール(PEG)が用いられており、その末端には樹木状に分岐したデンドロン基としてグアニジウムカチオンが導入してあります。グアニジウムカチオンはアミノ酸のアルギニンに見られる構造で、強い塩基性を有しています。こちらは、図の通り両末端合わせて16もの正電荷を有しています。
つまり、用いられている材料や構造は基本的に生体に安全で、身の回りに存在するものばかりです。
続いてアクアマテリアルの作成方法ですが、図2の通り単純なものとなっています。
a. まず水とクレイを混ぜます。
b. 続いてポリアクリル酸ナトリウムを加えると、ポリアクリル酸ナトリウムの負電荷とクレイのエッジ部分の正電荷が作用し合い、クレイの層状構造がはがれて分散します。
c. ここに両末端デンドロン化高分子を加えると、デンドロン化高分子末端の正電荷とクレイの負電荷が引き合い、ネットワークが形成されます。
このcのステップにおいては、ただちにネットワーク形成が進行するようで、TVニュースの映像では5秒程度で攪拌が止まるほどでした。
大体の組成は、水95%以上、クレイ2~5%、両末端デンドロン化高分子0.4%以下です。
正電荷を有するグアニジウムカチオンをデンドロンとして導入することで、その数を増やし、少ない高分子添加量で十分なネットワークを形成を達成しています。
これは、”‘molecular glue(分子の糊)”という相田教授のグループの研究内容[2]を応用したものです。
ここでは、グアニジウムカチオンが”糊”として働くわけです。
では、その物性を見てみましょう。
さわり心地はグミキャンティーような感じだそうです。剛性(外からの力に対して変化しない強度)は0.5MPaと、同程度の水分量を有するこんにゃくや、他の自己修復性を有するゲルに比べ500倍の強度を発現しました。
また、このアクアマテリアルの三次元ネットワークは、非共有結合により形成されているため、一度結合が破壊されても接合させておくと再びネットワークが形成されます。そのため、切り口同士を接合すると、すぐに接着するなどの自己修復性を発現しました(図3.a-b)。
安定性も高く、pHは4~10、温度は80℃までの範囲で安定であることが確かめられています。(80℃以上ではクレイが沸騰石の働きをするため、水の蒸発が起きて気泡が生成していました。)
他にも、成形が可能(図3.c)で、他の超分子ハイドロゲルでは見られない、有機溶媒中での形体保持性も確認されています(図3.d)。
さらに、生理活性のあるタンパク質ミオグロビンを取り込んでも71%の活性を保持する(アクアマテリアル内部は「水」の環境に近い)ことまで示されています。
そのほとんどが水な上に様々な特性を併せ持つ夢のような素材ですが、今後の課題として、ハイドロゲルの作成手順は簡便なものの、その材料である両末端デンドロン化高分子を合成するために10ステップ以上の合成が必要となること、0℃以下/100℃以上では水が蒸発してしまい使えないこと(これはハイドロゲルである限り避けられない問題ですが…)、などが挙げられるのかなと思います。
ですが、この論文がアクアマテリアルの第一報です。
ニュースのインタビューで相田先生もおっしゃっていましたが、まだまだ改良の余地があるため、プラスチックの代替材料や医療材料などとして、様々な研究・改良がこれから報告されそうです。
* * *
相田先生のグループは、超分子的なアプローチを中心としたナノマシンやナノ空間材料で有名ですが、未来を見据えた基礎的・挑戦的な研究だけでなく、今回のような実用的な研究も手掛けられています。
ホームページや論文での見事なグラフィックやメディアを通して、一般の方にも見事に研究内容をプレゼンしてされている研究者のお一人だな、と今回改めて感じました。
参考論文等
- Qigang Wang et al. Nature 2010, 463, 339-343. doi:10.1038/nature08693
- Kou Okuro et al. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 1626-1627. doi:10.1021/ja800491v
- 科学技術振興機構報 第707号