さて、今回は博士課程学生の経済事情について紹介したいと思います。
多くの博士課程の学生にとって、「お金」は大きな問題です。
博士課程では講義形式の授業がほとんど無いとは言え、学生として大学に身を置く以上、大学に授業料等を支払う義務があります。
しかしながら、生活費を含めて支出全額を自分で捻出するために、自分の研究に取り組みながら、アルバイトも掛け持つのは容易ではありません。寝る間を惜しむか、研究の時間を削るか・・・いずれにしても良い結果を生むとは言えません。
つまり、博士課程に進学するにあたって、「財源の確保」が大きな課題となります。
ここに多くの優秀な学生の博士課程への進学を妨げる大きな障壁があります。
両親がスポンサーとなって全面的に協力してもらえる場合は、最も幸せで望ましいケースだと思いますが、現実はそうそう甘くはありません(笑)
そこで、あくまで筆者が理解している範囲ではありますが、博士課程に所属する学生を経済的に支援する制度についていくつか紹介したいと思います。
「博士課程に進みたいけど、お金が・・・」と躊躇している学生方の参考にでもなれば幸いです。
記事はメインとしては博士課程(DC)学生向けに書いていますが、修士課程(MC)学生にも参考になる点があると思います。
最初にざっくりと説明すると、主なものとして3種類の経済的支援があります。
①. TA・RA(大学)
→ 例. 年間50万円程度(給与)②. 奨学金(日本学生支援機構、大学、企業、奨学金団体など)
→ 例. 日本学生支援機構第一種奨学金の場合 max 12.2万円×12ヶ月=年間約146万円(貸与)③. 日本学術振興会特別研究員(DC1及びDC2)(日本学術振興会)
→ 例. 約20万円×12ヶ月=年間約240万円(給与)
以下では「誰にでも受けられる経済的支援」としての意味合いの強い①と②について紹介します。多くの学生が『①と②の組み合わせ+α(授業料免除制度、アルバイト、仕送り等)』を駆使して、なんとか生活しているのが現状ではないでしょうか。今回は最も手厚い援助が受けられる③については省略します。
特別研究員に関する詳細な情報は日本学術振興会のHPをチェックして下さい。
①. TA, RAについて
大学に非常勤職員として採用され、研究者としてのスキル向上と経済的な援助を目的とした学生アルバイトのような制度があります。それぞれ目的と仕事の内容によって区別されていますが、実態は区別がつきにくいかも知れません。
主に学生実験や授業の補助を行い、大学院生が将来教員や研究者になるためのトレーニングの機会を提供することを目的としたものが TA(ティーチング・アシスタント)、
主に制研究支援体制の充実・強化を図り、若手研究者としての研究遂行能力を育成することを目的としたものが RA(リサーチ・アシスタント)です。
こちらの制度に関しては、大学や研究科単位でもらえる金額や仕事の内容が大きく違うようです。研究内容が違えば当然と言えば当然ですが・・・国が全面的に支援してくれるような大きなプロジェクトに携わっていたり、研究費用が潤沢な大企業との共同研究が行える研究室では、手厚い支援が受けられるのかも知れません。
聞いた話では、生活費・授業料も賄えるほど、多額の給料をもらえる研究室もあるとかないとか・・・
筆者の周りでは、地方国立大学博士後期課程(博士課程に相当)の学生がもらえる金額は、TA及びRAの合計で年間50万円前後(国立大学での授業料程度)が相場のようです。
これを充分な金額と考えるかどうかは、大学や生活する地域によっても差があると思いますが、いずれにしてもこれだけでは授業料の支払いを含めて生活していくのは不可能でしょう。そこで多くの学生がTAやRAとして勤務するとともに、奨学金の貸与を受けています。
②. 奨学金について
日本国内の大学院生の間で最も広く利用されている奨学金制度が、日本学生支援機構が主催する奨学金です。大学院生向けの貸与奨学金には二種類あり、第一種奨学金(無利息)と第二種奨学金(利息付)です。無利息である分、第一種奨学金を受けるためには、若干厳しい学力基準・家計基準が要求されるようです。利息以外にも奨学金の金額が異なっており、以下のように定められています。
修士課程 博士課程
第一種奨学金 50,000円または88,000円 80,000円または122,000円
第二種奨学金 50,000円・80,000円・100,000円・130,000円・150,000円のいずれか
いずれの奨学金も貸与期間終了後に返還の義務があります。
大学院在学中にずっと奨学金を利用していると、卒業する頃にはン百万の借金となって残ります。最近では、この返済が滞る例が後を絶たないという話がニュースでも取り上げられていました。借りたものは返すという最低限のルールは守るようにしてほしいものです。
日本学生支援機構が主催する奨学金の詳細な情報は日本学生支援機構のHPをチェックして下さい。
特筆すべき点としては、無利息の第一種奨学金の奨学生であった人で、次の条件に該当する場合、願出により奨学金の返還を免除することがあります。大学院にいる期間中、奨学金を受給し続けると卒業する頃には結構な額になるので、学生の立場からすれば非常にありがたい制度です。これは修士課程の学生も博士課程の学生も該当しますが、詳細については意外と知られていないようなのでまとめておきます。
変換免除について(日本学生支援機構HP)
●どの程度の人数が奨学金の返還を免除されているか
日本学生支援機構のHPに掲載されている平成20年度のデータを参考にすると、大学院第一種奨学金の20年度中に貸与が終了した31946名のうち、各大学から特に優れた業績を挙げた免除候補者として推薦のあった9579名について、学識経験者からなる業績優秀者免除認定委員会の審査を経て、免除者9579名を認定しました。
つまり大学から推薦された人のほとんどは貸与されていた奨学金のうち、いくばくかの返還が免除されるということです。具体的な免除の割合としては、返還免除対象者9579名のうち、3191名が全額免除、6388名が半額免除となっているようです。
まとめると、奨学金を受給している人の1/3が何らかの免除制度に適用され、さらにそのうちの1/3程度が全額免除・残りの2/3程度が半額免除の恩恵に預かっており、例年同程度の倍率で推移しているようです。
●具体的にはどのような条件で奨学金の返還を免除されているか
◎特に優れた業績をあげた大学院第一種奨学生に対する返還免除制度
大学院において第一種奨学金の貸与を受け、在学中に特に優れた業績をあげたとき。
対象は平成16年(西暦2004年)4月1日以降に大学院の第一種奨学生に採用となり、奨学金の貸与を受けた人。
◎返還特別免除制度
大学院で受けた第一種奨学金について、所定の要件を満たし、教育又は研究の職に就いたとき。
対象は平成16年(西暦2004年)3月31日以前に大学院の第一種奨学生に採用となり、奨学金の貸与を受けた人。
以前は「教師になると奨学金の返還が免除される」という話は良く聞かれましたが、現在はその制度が無くなり、「大学院に在籍している間に優れた業績を挙げれば奨学金の返還が免除される」ことになっています。シビアな世の中になったものです。
始めから免除されるつもりで奨学金を貸与するのがいいかどうかはわかりませんが、ご褒美として考えればモチベーションを保つ要因にはなりえるかもしれません。
この制度では、貸与が終了する奨学生が在学する大学長に願い出て大学長から日本学生支援機構へ推薦される必要があります。したがって大学ごとにその「優れた業績」の判定基準は異なると思いますので、審査基準については明言できません。
日本学生支援機構のHPには『学問分野での顕著な成果や発明・発見のほか、専攻分野に関する文化・芸術・スポーツにおけるめざましい活躍、ボランティア等での顕著な社会貢献等も含めて評価し、学生の学修へのインセンティブ向上を目的としています。』とされています。
つまり、研究活動以外でも顕著な活動、例えばスポーツやボランティア活動についてはどの程度の活動が「優れた業績」として認められるか未知数ですが、研究に関する論文発表・学会発表や学会での受賞歴などの実績の他にも、授業評価やTAなどの学内での活動も評価されるようです。
ただし、免除対象者の枠は広いとは言えませんし、本来第一種奨学金が返還の免除が約束されている制度ではないので、ご利用は計画的に。返還免除はあくまでも頑張ったご褒美程度に考える方が良いかも知れませんが、チャレンジできる人は申請してみてはいかがでしょうか。
ここまでの話で、一般的な博士課程の学生の経済事情はそれほど余裕があるものではないということはよくわかると思います。
上記の日本学生支援機構の他にも奨学金を貸与または給付する制度として、大学独自のスカラーシップや企業が卒業後の就職を条件にするもの以外にも様々なものがあります。これらを効果的に利用し、経済的な問題に気を取られること無く研究に専念できれば、研究の進行もスムーズになるはずです。
しかしながら、実際はインターネット上だけでも様々な情報が氾濫しており、本当に有益な情報が見逃されがちです。奨学金を例にして言えば、通常奨学金の募集は大学を通して行われ、その通知すべてを把握している人はいないと思います。このような数多の情報の中で、本当に重要な情報をピックアップしたサイトがあれば便利だと思いませんか?
現在の日本では、化学に限らず「科学」の分野でそのような役割を果たすポータルサイトは皆無です。Chem-Stationはそんな先進的なサイトのモデルとなるべく、日々進化を続けています。
今後、Chem-stationでは奨学金等に関する情報も発信し、このサイトを化学(科学)者の間で有益な情報を共有する場としても利用できれば、と考えています。広めてほしい、またはオススメの奨学金情報などがあればぜひともスタッフまでご一報ください。
関連リンク
- 博士の生き方
- 理系学生経済白書 大学院生の経済事情(研究者を目指す全ての人へ/e-研究者.net)