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化学者のつぶやき

Whitesides’ Group: Writing a paper

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今回紹介する文献“Whitesides’ Group: Writing a Paper”では、世界一線級の化学者であるGeorge M. Whitesides教授が自ら、優れた論文執筆法を解説しています。

具体的には『アウトライン法』――すなわち、始めに論文の枠組み(アウトライン)を作り、研究データの蓄積と同時並行して何度も修正を加えてゆく、実験データはその時々で補完、図表重視のアピールを心がけ、テキストを書くのは一番最後、という論文作成法――の提唱を通じ、研究のプロダクティビティ・時間効率の向上に効果的たる仕事術にも触れています。3ページ程度の短文ながら、多くの示唆に富む文章となっています。

もともとは彼のラボに在籍しているメンバーに向けて書かれた文章のようですが、研究テーマを独力で立案して進めていく経験がまだ浅い、全ての駆け出し若手研究者(院生/ポスドク)にとって、模範とすべき価値のある文章です。

短文なのですぐ読めますが、せっかくの良い文章ですので、和訳して掲載しておくことにしました。参考にしていただけると幸いです。欠損や拙い訳が多々あるかもしれませんが、ご了承ください。(原文を参考にしつつ強調は筆者の手による)

<Whitesides研:論文の書き方>

 

1.科学論文とは何か? (What is a Scientific Paper ?)

論文(paper)とは、仮説・データ・結論を、読者に伝えるべく整理した文書のことだ。これこそが科学研究の中心的位置を占める。論文にならない研究は、何も成していないも同然。「興味深い研究でも未発表」ならば、それは「存在しない」も同じである

研究の目的とは、仮説を系統立てて検証し、そこから結論を導くこと、そしてその結論を他人に伝えていくことだ。「データを集めること」はその目的ではない。

「論文=完結した研究プロジェクトの単なる記録媒体」ではない。進行中のプロジェクトを設計するための骨子でもある。論文の目的と形式を明確に理解していれば、研究を組んで実行するうえで非常に役立つだろう。論文のアウトラインがしっかりしていれば、それがそのまま優れた研究計画にもなる。まずは研究計画をたて、最後にアウトラインを決めるものだが、研究プロセスを通じ、両者は何度も書き直されていく。「全てのデータを完全に集め終わってから論文にまとめる」というやり方よりは、「理解・分析・要約・仮説の再構成を継続的に行い、その結果を論文にしてしまう」ほうが、ずっと効率的である。

 

2.アウトライン(Outlines)


2.1. なぜ、アウトライン法なのか?

論文を執筆し、セミナーを開催し、研究計画を立案する――あらゆる過程でアウトラインが中心的位置を占めることを、ここで強調しておきたい。アウトライン法に基づき論文を書く――それが最も効率的である(私であれ貴方であれ、誰にでも当てはまることだろう)。ここでいうアウトラインとは、論文の構成(掲載すべきデータを含む)を記した設計図のことである。文字で記した概要ではなく、「目的・仮説・結論につながるデータセットを、注意深く整理・配置したもの」と実際には考えるべきだろう。

アウトラインそれ自体は、ほとんどテキストを含まない。アウトライン(つまりデータの構成)の細部まで良いと思えるならば、補助的なテキストは後で簡単に書き加えることができる。もし気に入らないならば、どんなテキストを足したところで意味がない。論文執筆の際には、時間の大半をテキスト記述に使わざるを得ない。しかし思考の大半は、データの構成および分析作業に使われるべきである。論文のテキストを書き始める前に、数回(場合によってはもっと)アウトラインを書き直すほうが、結局のところ時間効率が良い。テキストを何度も書き直すやり方は、効率が悪い。

論文・報告書・プロポーザル、そして勿論、セミナーのスライド――私はアウトライン法に基づき、これら全てのライティングを行っている。このような方法を皆に強く勧めたいと思う。

2.2. アウトラインはどのように書けばよいか?

古典的な方法だが、次の通り。まずは白い紙を用意する。そしてどんな順番でも良いので、論文に関係する、思いつく限りの重要事項を書き出してみる。この際には、一見して自明たりうる、以下のような事柄も自問してみるべきだろう。

「なぜこの仕事に取り組んだのか?」
「仕事にはどんな意味があるのか?」
「どういう仮説を確かめたかったのか?」
「実際に検証したのは何だったのか?」
「結果はどうなのか?新たな手法や化合物を生み出しているのか?それは何だろうか?」
「どんな測定法を使ったのか?」
「どんな化合物をどうやって同定したのか?」

考えうる数式・図・反応式も、ここで書き出しておく。メインとなる発想を捕まえるには、この作業が必要不可欠だ。

当初は仮説Aを検証すべく始めた研究だが、実際のデータを眺めてみると、仮説Bのほうがよりよく説明できるようだ――仮にこうなってしまっても、心配はいらない。すべての事項を書き出し、仮説・目的・データの最適たるコンビネーションを選びとればよい。完成した論文上での研究目的と、仕事に取り掛かる理由付けとしての研究目的は、往々にして異なるものだ。良質な科学といえども、大抵は日和見主義的・修正主義的なものだ。

可能な限り書き出せたら、別の紙を使ってそのゴチャ混ぜを整理、つまり全てのアイデアを①~③の3つに大きく分類する。

①序論 (Introduction)

なぜこの仕事をしたのか?主たる動機付けや仮説は、一体どういったものだったか?

②結果・考察 (Result and Discussion)

どういう結果が得られたのか?化合物はどうやって合成・同定したのか?何を測定したのか?

③結論 (Conclusion)

結局のところ、どんな意味があるのか?どんな仮説が肯定/否定されるのか?何が分かったのか?どのように差別化されるのか?

続いて、各カテゴリごとに、さらに細かく整理しよう。ここでは”実験データ”を整理することに集中する。図・表・反応式は、最大限に明確かつコンパクトに実験データを示せるようなものに仕上げる。これにはとても時間がかかる。私の場合は、最もクリアな図(そして最も美しく見える図)を一つ決めるのに、5~10通りをスケッチすることすらある。

そして最後に、章立てアウトライン・表・略図・数式など、全てを上手く並べよう。

掲載すべきデータに全て納得が行き(もしくはどんな追加データを集めなければならないかが判明し)、適切に配置できたら、そのアウトラインを私(Whitesides)に見せて欲しい。どこのデータが欠けているのか、そこはどういうデータが出ると考えているのか、あなたの仮説が正しいとすればデータをどう解釈するつもりなのか――それを端的に示しておいて欲しい。受け取ったアウトラインは、意見を加えて変更を指示した後、返却する。アウトラインが納得行くものになるまで、こういったプロセスをおよそ4~5回は繰り返す(しばしば追加実験も要求する)。納得が行った時のデータは大抵、最終形(に近いもの)になっているはずだ(すなわちアウトライン上の表・図etcが、結局は論文上の表・図etcそのものになる)。

それが終わったら散文体を心がけ、テキストを書き始めて欲しい。

プロジェクトの開始初期から、アウトラインとプロポーザルを私とやりとりし始めること――これが時間を効率よく使うコツだ。「実験データが完全に出そろうまで、アウトラインを書き始めない」――これはいかなる場合でもNGだ。プロジェクトと名のつく全てのものは、「完了」など永遠にやってこない。プロジェクトの基本構造を把握でき次第すぐにでも、考えうる論文・アウトラインを提出すること。そうすることで労力・時間は大幅に節約できる。アウトラインを書くひと手間は、研究の方向性決めに大きな助けとなるはずだ――たとえ論文をまとめるまでに、多くの追加実験をすることになったとしても。

2.3 アウトラインの中身

アウトラインに含めるべきことは次の通り。

①題名(Title)

②著者名(Authors)

③論文概要(Abstract)

論文概要は書かないこと。論文執筆が完了してから書けばよい。

④序論(Introduction)

1~2段落目までを完全に書くこと。書き出しには特に注意を払うこと。研究の目的を簡潔に述べ、なぜそれが重要なのかを示すことができれば理想的だ。
一般的に、序論は以下のような要素から成る。

・研究目的
・研究目的の妥当性:なぜこの仕事は重要なのか?
・背景:他に誰がやっていたか?どのようなやり方で?我々は以前どう取り組んできたか?
・読者への手引き:読者は論文のどこに着目すべきか?とりわけ興味深い点はどこか?どういう研究戦略を我々は採用したのか?
・要約・結論:読者はどういう結論を期待すべきか?改訂を重ねたアウトライン上では、実験項(段落の小見出し程度)やマイクロフィルム項となるものも含めて、全ての項目が書かれてなければならない。

⑤結果・考察(Results & Discussion)

結果と考察は得てして不可分である。この項目は主軸となるトピックに従い、構成されねばならない。明確な構成にすべく、各項目ごとに太字の小見出しをつける。こうすることで、読者は自分の知りたい箇所を、ざっと見て見つけやすくなる。項目見出しとして適切なフレーズの例を、以下に示す。

・Synthesis of Alkane Thiols (アルカンチオールの合成)

・Characterization of Monolayers (単層の同定)
・Absolute Configuration of the Vicinal Diol Unit (ビシナルジオール単位の絶対配置)
・Hysteresis Correlates with Roughness of the Surfaces (ヒステリシスは表面の粗さと相関する)
・Dependence of the Rate Constant on Temperature (速度定数の温度依存性)
・The Rate of Self-Exchange Decreases with the Polarity of the Solvent (溶媒の極性に従って自己交換速度は減少する)

項目見出しはできる限り具体的かつ情報豊富に。例えば”The Rate of Self-Exchange Decreases with the Polarity of the Solvent”は”Measurement of Rates”よりも明らかに長い。しかし読者ににとっては良い。

頻繁に書くことになる一般的な項目は次の通り。

・原料合成 (Synthesis of starting materials)
・生成物の同定 (Characterization of products)
・同定手法 (Methods of characterization)
・測定手法 (Methods of measurement)
・結果 (Result):速度定数、接触角、などなど何でも
・項目見出し(Section Heading)
・図(Figures):見出し付きで。
・反応式(Schemes):見出しと脚注付きで。
・数式(Equations)
・表(Tables):正しい書式で。

アウトラインに十分量のテキストを書く必要はない。しかし掲載すべき全てのデータは、適切な位置に置くこと。テキストを使うときは「その項目がどういうストーリーで進むか」を示すに留めること。

 「図・表・数式・反応式の形で、実験結果を出来る限り明確にかつ省力的にまとめたもの――それがすなわち論文だ」と意識すること。テキストは、論文上でデータを説明するための、二次的役割しか持たないと考えること。情報を表・数式などに凝縮すればするだけ、簡潔で読みやすい論文となる。

⑥結論(Conclusions)

論文の結論は「短いフレーズ・センテンスのリスト」として、アウトライン上ではまとめること。特別に強調すべき場合を除いて、Result項で書いたことを繰り返さないように。要約にならないよう、結論だけを書くこと。この項ではより高いレベル、もしくは新たな視点からの分析を付与し、研究の重要性をはっきりと示さなくてはならない。

⑦実験項(Experimental)

実験項の全ての小見出しを含む。Result項で示した順序に、正確に対応するよう付ける。

2.4 まとめ

・なるべくプロジェクトの初期に、アウトラインを書き始めること。「プロジェクトの完了」を待ってから、というのはNG。終わりなど永遠にやってこない。
・アウトラインと論文は、簡単に埋め込めるデータ(つまり表・数式・図・反応式)を主体に構成すること。テキスト主体はNG。
研究の時間軸に沿わず、重要度の順でまとめること。論文を書く上で重要なのは、トピックごとの重みづけを考えること。実際にやった順番どおりデータを示す――すなわち、愛すべき初期の失敗例から始め、成功をクライマックスとして持ってくるよう、実験事実を並べる――ことを初心者は往々にしてやりがちだ。このやり方はまったく正しくない。最も重要度の高い結果から書き始めること。次に2番目に重要な結果を記す(もしあれば、だが)。大抵の読者は、その偉業にどうやって辿り着いたかという「過程」には興味がない。偉業の「中身」だけを知りたがる。それに長い論文よりは、短い方が読むのも楽だ。

3.書式に関する注意点

・名詞を形容詞として使ってはいけない。

× ATP formation; reaction product
○ formation of ATP; product of the reaction

・被指示語が明確になるよう、「this」のあとには常に名詞をおく。

× This is a fast reaction; This leads us to conclude
○ This reaction is fast; This observation leads us to conclude

・実験結果は過去形で統一。

× Addition of water gives product
○ Addition of water gave product

・可能な限り、常に能動態を使うこと。

× It was observed that the solution turned red.
○ The solution turned red. もしくは We observed thath the solution turned red.

・比較対象を欠かさないように。

× The yield was higher using bromine.
○ The yield was higher using bromine than chlorine.

・全ての論文は2スペースで書くこと(1スペースや1.5スペースはNG)。コロン(:)と文末ピリオド(.)の後には2スペース置く。余白は十分にとる。

・全ての論文はアメリカ化学会(ACS)書式で書くつもりでいること。書式に関しては以下のものが参考になる。

・ジャーナルそれ自体:ジャーナルの掲載論文を眺めて真似るだけでよい。
・グループの既報論文:既報論文を読むことで、論文が「どう見える」のか良く分かる。自分で書いた文章ががどこか違って見えるようなら、それはおそらく、私たちの望むものでは無い。
・論文著者向けACSハンドブック:特に参考文献の項(pp.173-299)は、役に立つし詳しい。
・StrunkとWhiteの著による「The Element of Style」:一読を勧める。科学論文執筆に関する書籍はグループ内図書室に他にも沢山置いてある。どの本にも役立つアドバイスはあるが、そこまで面白くない。図・グラフのデザインに関する良くできた書物もある。

原論文

Whitesides, G. M. Adv. Mater. 2004, 16, 1375. DOI:10.1002/adma.200400767

関連書籍

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こちらも必読です。研究プロセスを斬新な目で捉えることを促す、大変良質な記事です。今回の記事で述べている内容と、多々共通点を見いだせるかと思います。

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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