[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ビニグロールの全合成

[スポンサーリンク]

Total Synthesis of Vinigrol
Maimone, T. J;Shi, J.; Ashida, S.; Baran, P. S. J. Am. Chem. Soc. 2009, ASAP DOI: 10.1021/ja908194b

このブログでもおなじみのスクリプス研究所Baran教授による全合成の報告です。以前分子内Diels-Alder反応とGrob開裂を鍵反応としたVinigrolの主骨格の合成をAngewandteに報告していましたが、[1]その中間体から合成を進め全合成を達成してしまいました。この化合物は世界中で10以上のグループが全合成競争を行っていた合成化学のマイルストーン的な化合物です。

今回は合成中間体から2つの”ヒドロキシメチル基”(正確にいえば、1つはヒドロキシル基とメチル基、1つはヒドロキシルメチル基)を主骨格に対して位置および立体選択的にどのように導入したかということがキーポイントとなっています。

如何にして”ヒドロキシーメチル基”を導入するか

vinygrol.gif

簡単に言えば前述したようになりますし、それには様々な官能基化反応が知られていますが、最終的には論文で報告しているような方法に辿り着いたようです。すなわち、ブロモニトリルオキシドの環化付加反応とShapiro反応で2つの”ヒドロキシメチル基”を導入しました。ふたを開けてみると「ふむふむ、そうなるか。」ぐらいの感想になると思いますが、ここにたどり着くにはそれなりの苦労がありそうです。

合成研究では当然のことですが、おそらくこの方法はファーストチョイスではなく、もっと基本的なダイレクトな手法は山ほどあります。読者の皆様もいくつか考える事が出来ると思いますので、ぜひぜひ考えてみてください。ただおそらくその方法はうまく進行しません。なぜ進行しないかも考えてみると面白いでしょう。さらには研究者ならば一般的性の高いヒドロキシーメチル化反応の開発に乗り出してみてもよいかもしれません。

この合成に関してはTotallysynthetic.comで詳しく掲載されてしまっているみたいなので、ちょっと観点を変えてこの合成でうまく利用されている、日本発の古典的反応について紹介したいと思います。

ラジカル反応による脂肪族アミンの還元

アルコールの脱水酸基化はいわゆる「Barton-McCombie Deoxygenation」が有名ですが、実はラジカル開始剤(AIBN)とBu3SnHを用いた還元の”夜明け”となる新反応は、これらが報告される10年以上前に京都大学の三枝武夫、伊藤嘉彦両先生によって発見されていました。それが、第一級アミンをイソニトリルに変換し、それをAIBNとBu3SnHを用いて還元する方法です。[2]アミンを還元的に取り除く事は折角の官能基を取り除いてしまうことになるのでBarton法と同じく非効率であるという考え方もありますが、非常に温和で中性条件下で進行するため、このような天然物合成にはもってこいです。つまり、メチル基にNが付いていても、”メチル基等価体”として考える事ができるわけです。久々にこの反応を複雑な天然物合成に応用されているところを見て、すこし嬉しくなって書いてしまいました。

barton_mccombie_1.gif
Barton-McCombie Deoxygenation

ところで、伊藤嘉彦教授と言えば追悼シンポジウムが京都大学で来年1月16日に行われるようです。ハーバード大のSchreiber教授や理化学研究所理事長でノーベル化学賞受賞者の野依良治氏も講演するようでオススメです。

雑談

ちなみにこの論文のFirst AuthorであるTom君は2007年には保護基フリーの天然物全合成をNatureに報告し[3]、現在Buchwald研究室でNIH博士研究員として研究を行っているようです。2,3年後にはどこかの大学でアカデミックポジションをとって、数年後には活躍している姿が目に浮かびます。天然物合成にこだわらず合成能力を活かした新研究をはじめてほしいものですし、分子レベルでモノをつくる事ができる合成化学者ならばそれが可能であると考えています。

話が右往左往しましたが、いろいろとバックグラウンドを押さえておくと、いろいろな観点で面白く論文を読むことができ、なおかつ覚える事ができるのでお薦めします。

 

関連文献

  1. Maimone, T. J.; Voica, A.-F.; Baran, P. S. Angew. Chem., Int. Ed. 2008, 47, 3054. DOI: 10.1002/anie.200800167
  2. Saegusa, T.; Kobayashi, S.; Ito, Y.; Yusuda, N. J. Am. Chem. Soc. 1968, 90, 4182. DOI:  10.1021/ja01017a061
  3. Baran, P. S.; Maimone, T. J.; Richter, J. M. Nature 2007, 446, 404. DOI:10.1038/nature05569
Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 一人二役のフタルイミドが位置までも制御する
  2. 有機合成化学協会誌2019年2月号:触媒的脱水素化・官能性第三級…
  3. ワムシが出す物質でスタンする住血吸虫のはなし
  4. カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (1)
  5. 化学者のためのエレクトロニクス入門④ ~プリント基板業界で活躍す…
  6. 第二回ケムステVプレミアレクチャー「重水素標識法の進歩と未来」を…
  7. カルボン酸β位のC–Hをベターに臭素化できる配位子さん!
  8. 「アニオン–π触媒の開発」–ジュネーブ大学・Matile研より

注目情報

ピックアップ記事

  1. クロロ(1,5-シクロオクタジエン)ロジウム(I) (ダイマー):Chloro(1,5-cyclooctadiene)rhodium(I) Dimer
  2. 危険物データベース:第6類(酸化性液体)
  3. 大村氏にウメザワ記念賞‐国際化学療法学会が授与
  4. 【日本精化】化粧品・医薬品の原料開発~「キレイ」のチカラでみんなを笑顔に~
  5. 井上 佳久 Yoshihisa Inoue
  6. パラジウム錯体の酸化還元反応を利用した分子モーター
  7. 科学を伝える-サイエンスコミュニケーターのお仕事-梅村綾子さん
  8. 韓国に続き日本も深刻化?トラック運送に必要不可欠な尿素水が供給不安定
  9. メラノーマ治療薬のリード化合物を発見
  10. Dead Endを回避せよ!「全合成・極限からの一手」⑤(解答編)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年11月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30  

注目情報

最新記事

植物由来アルカロイドライブラリーから新たな不斉有機触媒の発見

第632回のスポットライトリサーチは、千葉大学大学院医学薬学府(中分子化学研究室)博士課程後期3年の…

MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化する化学」を開催します!

第49回ケムステVシンポの会告を致します。2年前(32回)・昨年(41回)に引き続き、今年も…

【日産化学】新卒採用情報(2026卒)

―研究で未来を創る。こんな世界にしたいと理想の姿を描き、実現のために必要なものをうみだす。…

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP