結合を制する者は化学を制する!
とは言い過ぎかもしれませんが、電子軌道や周期表に記載されているような元素の基本的性質を極めて奥深く理解できていると、既知・未知問わず、あらゆる有機・無機化合物の性質を、ある程度は予測することが可能だと思います。
ところが常に例外はあるもので、普段見せない原子の変わった性質を知っておくことも、きっと何らかの形で、研究の役に立つと思います。
という訳で、理論計算により提案されたちょっと変わったC-C結合に関する論文を紹介したいと思います。
原子間の結合と言えば、共有結合、イオン結合、金属結合、水素結合などなど、いろいろ思い浮かぶことと思います。
それでは、[1.1.1]プロペラン[1]の中心炭素間の結合は、何結合だと皆さんは思いますか???
橋頭位の炭素を通常のsp3炭素として考えると、明らかに軌道が反転しなければ結合が形成できない骨格をしていますが、このC-C原子間距離は1.6Å(X線構造解析結果ではありません)と見積もられており[2]、これはC-C単結合として妥当な距離です。
今回、Wu、Shaik、Hibertyらは、VB(ab initio valence bond)計算を用いてこの反転結合の性質にアプローチした論文[3]を報告しています。
結論から言うと、共有結合とイオン結合双方の性質を兼ね備えた「電荷シフト結合」である、と述べられています。
簡単に説明すると、電荷シフト結合とは、
・二つの原子が1電子ずつ出し合って形成している(共有結合)
・その2電子は二原子間の中心ではなく、より原子に近いところに分布している(イオン結合)
とのこと。・・・・・・・・なんのこっちゃ。
その結果、がっちり握手!で結合しているわけではなく、指先同士が触れる直前のような結合になっているそうです(下図)。
また、実はフッ素(F2)もこのタイプの結合をしているようで(上図右下参照:論文[4]より)、なるほど、ハロゲンのラジカル的性質が高い理由もなんとなく分かる気がしますね。以前発表された論文[4] によると、塩素(Cl2)や臭素(Br2)だけではなく、ヒドラジン(H2N-NH2)やジオキシダン(HO-OH)も電荷シフト結合だと結論されてます。そこでは孤立電子対との反発も、このような結合の理由の一つとして挙げられていましたが、プロペランのように、特異な構造を持つことでも同様の結合様式を取るのは興味深いですね。
電荷反発や骨格の歪みを上回るほど、二つのラジカルの結合性相互作用が強いってことでしょう。
う~~ん、単結合の底力を感じます。
今回発表されたプロペランに関する論文はC&EN NEWS [5] にも取り上げられており、新しい結合様式や機能を持つ化合物の設計や開発に、いつの日か貢献することと期待してます。
関連文献
[1] K. B. Wiberg*, F. H. Walker, J. Am. Chem. Soc. 1982, 104, 5239-5240.[2] K. B. Wiberg,* W. P. Dailey, F. H. Walker, S. T. Waddell, L. S. Cracker, M. Newton* J. Am. Chem. Soc. 1985, 107, 7241-7251.
[3] W. Wu,* J. Gu, J. Song, S. Shaik,* P. C. Hiberty* Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 1407-1410.
[4] S. Shaik,* D. Danovich, B. Silvi,* D. L. Lauvergnat, P. C. Hiberty*, Chem. Eur. J. 2005, 11, 6358 – 6371.
[5] C&ENEWS May 11, 2009 Volume 87, Number 19 pp. 32-33.
関連リンク
ネーミングいろいろ (有機化学美術館)