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化学者のつぶやき

斬新な官能基変換を可能にするパラジウム触媒

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パラジウムを用いるクロスカップリング反応の触媒化学は原初報告が成されてから、既に40年が経とうとしています。

にもかかわらずこの化学は、いまだ有機合成でのホットトピックであり続けており、その発展の勢いは留まるところを知りません。

今回は、そんなパラジウム触媒を用いた、最新鋭の官能基変換をご紹介しましょう。

アリールハライドからアニリンへ

novel_fgconversion_crosscp_6.gif

Palladium-Catalyzed Coupling of Ammonia and Lithium Amide with Aryl Halides
Shen, Q.; Hartwig, J. F. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 10028. DOI: 10.1021/ja064005t

安価なアンモニアを窒素源とし、保護体を経ずにダイレクトにアニリン誘導体が合成可能です。しかし強塩基が等量必要となってしまう欠点が。もう少し条件が緩めだと嬉しいかな・・・
(訂正:スキームの反応温度は800ではなく80℃です)

アリールハライドからフェノールへ

novel_fgconversion_crosscp_5.gif

The Selective Reaction of Aryl Halides with KOH:  Synthesis of Phenols, Aromatic Ethers, and Benzofurans.
Anderson, K. W.; Ikawa, T.; Tundel, R. E.; Buchwald, S. L. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 10694. DOI: 10.1021/ja0639719

穏和な条件下行えるクロスカップリング触媒にてフェノールを合成するには、Buchwald-Hartwig条件にてエーテル(保護フェノール)を得てから脱保護するか、宮浦ホウ素化→酸化プロセスによって合成するしかありませんでした。いずれも多段階変換が必要となります。
しかし水酸化物無機塩とのクロスカップリングを進行させる条件の開発によって、ダイレクトにフェノールの合成が可能になりました。
配位子選択とともに重要なのは塩基のチョイス。水酸化カリウムを用いることが本反応のカギとなっています。たとえばホスフェートやカーボネート系塩基を用いた場合には、ジアリールエーテル生成が優先してしまいます。

アリールフッ素化合物の合成

novel_fgconversion_crosscp_3.gif

Watson, D. A.; Su, M.; Teverovskiy, G.; Zhang, Y.; Garcia-Fortanet, J.; Kinzel, T.; Buchwald, S. L. Science 2009325, 1661. doi: 10.1126/science.1178239

医薬・材料分野においてとりわけ幅広い応用性を誇る、フッ素置換有機化合物。塩素化・臭素化・ヨウ素化したものの合成法はよく知られていますが、同じハロゲンでも芳香族フッ化物の合成法、とりわけ基質一般性が高く穏和な条件は限られています。

今回Buchwaldらによって開発されたパラジウム触媒系は、芳香族トリフラートをフッ化物へと一般性高く変換することができます。

金属フルオライド種は多量体を形成しやすく、単量体からの反応が阻害されやすい性質を持つこと、還元的脱離が起こりにくいことなどから、こういった反応形式は不可能に近いと考えられていました。彼らは独自開発した配位子(tBuBrettPhos)を用い、このハードルを克服しました。また、反応中間体たりえる単量体パラジウム(II)フルオライド種の合成・X線結晶構造解析(下図:論文より転載)を行い、実際に還元的脱離を経て芳香族フッ化物への変換が起こる事を示して反応機構に関する示唆を与えています。

novel_fgconversion_crosscp_4.gif

ニトロアリール化合物の合成

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Pd-Catalyzed Conversion of Aryl Chlorides, Tri?ates, and Nona?ates to Nitroaromatics
Fors, B. P.; Buchwald, S. L. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 12898.  doi:10.1021/ja905768k

芳香族ニトロ化合物はニトロニウムカチオンによる求電子置換で合成するのが通例なのですが、位置選択性のコントロールが難しく、また条件がきついため、官能基受容性に欠けます。今回開発されたパラジウム触媒は、アリールハライド・トリフラート・ノナフラートを、選択的にニトロ基置換体へと変換します。添加剤であるTris(3,6-dioxaheptyl)amineは相間移動触媒であり、溶解性の低い亜硝酸ナトリウム(NaNO2)の活用を可能としています。

以下の様な化合物は、普通のニトロ化で作ること自体がほぼ無理そうですが、この触媒系ではダイレクトに合成可能。

novel_fgconversion_crosscp_2.gif

・・・・などなど。

 

この領域を発展せしめたブレイクスルーは、嵩高く、電子豊富な配位子の開発です。例えば上記のBuchwaldらによる報告では独自開発された嵩高いリン配位子が、また最近ではN-ヘテロ環状カルベン(NHC)を配位子として使う例が多く知られています。

40年前に発見されたものと類似の触媒設計概念は、いまだに有効機能し続けています。そして上記のごとく、不可能だった化学変換を、続々と可能にし続けています。
まったくクロスカップリング反応は、偉大な化学なのです。

 

関連書籍

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関連リンク

Flexible Fluorination (C&EN)

Buchwald Research Group MIT・バックワルド研究室

The Hartwig Group UC Berkeley・ハートウィグ研究室
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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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