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化学者のつぶやき

ウッドワード・ホフマン則を打ち破る『力学的活性化』

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“Biasing reaction pathways with mechanical force”
Hickenboth, C. R.; Moore. J. S.; White, S. R.; Sottos, N. R.; Baudry, J.; Wilson, S. R. Nature 2007, 446, 423. doi:10.1038/nature05681

少々前の報告ですが、かなり面白い内容なので取り上げます。

これは、「分子の共有結合を無理矢理に力で引きちぎるとどうなるか??」という、化学者なら誰もが1度は考えるであろう、素朴な疑問・謎に挑んだ研究の一つです。

大学の有機化学で習う化学反応形式の一つに、ペリ環状反応(pericyclic reaction)があります。

この反応は、分子にエネルギーを与える手段(活性化法)に依存して、化学選択性が変わることが知られています。すなわち、下図のようなベンゾシクロブテン分子の開環反応においては、熱的反応では同旋的(conrotatory)、光反応では逆旋的(disrotatory)な反応を起こして、それぞれ異なる幾何異性を持つオルトキノジメチドが立体特異的に得られてきます。

 

mechanical_activate_4.gifmechanical_activate_1.gif

mechanical_activate_2.gif

(模式図は冒頭論文より転載)

この化学選択性は、HOMO/LUMO軌道の対称性を調べることで説明可能です。これを体系化した理論が、ノーベル賞理論でもある、”ウッドワード・ホフマン則”もしくは”フロンティア軌道理論”です。

ここで気の利いた大学生・院生なら、「この分子に引張力を掛けて、結合を切ったらどうなるのか?」という着想に至ることもあると思われます。筆者もそういったことを想像してみたことはあります。

実にこれは、熱/光反応が与える化学選択性とは全く異なってくると考えられます。すなわち、下図のようにいずれの立体異性体からも同じ(E,E)-体ができてくることが予想されます。

mechanical_activate_3.gif

(模式図は冒頭論文より転載)

ですが肝心のポイントでもある、「力学的エネルギーを分子のサイズスケールにまで、一体どうやって伝達させれば良いのか?」――これは全くもって一筋縄に解決しえる課題だとは思えません。この解決に向けたアイデア呈示こそが、まさに勝負のポイントとなります。あまりにシンプルすぎる問いゆえ、ひらめけば一発解決、ひらめかなければ永久に進展ナシ――そんな類の問題に見えます。

さて、イリノイ大学のJeffery Mooreらは、見事なアイデアでそれをやってのけ、予想通りの化学選択性が生じていることを証明し、2007年のNature掲載という栄誉を獲得しました。一体全体、どんなことをやったのでしょうか?

 

彼らは、「高分子量ポリマーを有機小分子に結びつけ、超音波をかける」ことによって、それを達成しました。

分子量の大きなポリマー鎖は、小分子よりも超音波振動の影響を強く受けます(超音波の波長と分子スケールが似てるので共振しやすい)。その振動が結びつけられた分子に巡り巡って伝わります。こうすることで小分子の力学的活性化が可能になる、という理屈です。

言われて見れば「なるほど!!」と思えるのですが、有機小分子を専門に扱う化学者はポリマーのサイズスケールに想像力が及ばないのが普通なので、ちょっとやそっとでは、到底思い付かないアイデアにも思えます。 まさに「コロンブスの卵」といえるでしょうか。

 

具体的には、下記のようなポリエチレングリコール(PEG)結合型ベンゾシクロブタンを用いて実験をしています。しかし 開環成績体である(E,E)-もしくは(E,Z)-オルトキノジメチドは、不安定でそのままでは検出・構造解析が出来ない、ポリマー鎖の一点だけで反応が起こるので、高感度検出法のデザインが必須などの問題が浮上し、さらなる工夫が必要となったようです。

mechanical_activate_7.gif

彼らは以上の問題を中間体捕捉によって解決しています。すなわち、13Cラベルを施したピレンマレイミドを共存させて反応を行い、開環したらすぐさまDiels-Alder反応にてオルトキノジメチドが捕捉される反応系をデザインしています。こうしてゲル浸透クロマトグラフィ(GPC)およびNMRでの解析を可能にしています。Diels-Alder反応は立体障害的な理由から、(E,E)-構造を持つ分子にしか起こりません。(E,Z)-構造を持つ分子は反応せずに壊れていきます。この挙動によっても選択性はラフに推測できます。

この系を用いて諸々の対照実験を行い、たしかに上記模式図のような選択性の発現が確認されています。

彼らは材料化学者らしく、この『力学的活性化法』を、新規材料創製への潜在的応用可能性があると捉えています。以前に「つぶやき」でとりあげた「力を加えると変色するプラスチック」は、この基礎的知見を発展させた成果といえます。

有機合成化学者からしてみれば、新たな分子結合活性化法・合成手法への応用可能性という点で、大変に興味深い現象と思えます。ポリマーに結合させる必要があるため、分子変換には正直使いにくいコンセプトですが・・・保護基感覚で簡便に行える手法へと改良されれば、期待が持てるかも知れませんね。

 

関連文献

[1] Review for Mechanochemistry: Beyer, M. K.; Clausen-Schaumann, H. Chem. Rev. 2005, 105, 2921. DOI: 10.1021/cr030697h

関連書籍

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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