[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

化学は地球を救う!

[スポンサーリンク]

Figure0701-1.jpg

 夏も近づき暑くなるにつれて、毎年のように「地球温暖化の影響」があちこちで囁かれるようになりました。実際に日本沿岸では海水面が毎年3.3 mmずつ上昇しているそうです(Wikipedia「地球温暖化」参照)。

 地球温暖化の主な原因は「温室効果ガス(greenhouse gas)」であるとされており、特にメタン(CH4)や二酸化炭素(CO2)の排出量が大きく影響することが示されています。これらの気体分子は大気中で非常に安定であり、反応性が限られる(分解されにくい)ことが問題を大きくしていると言われています。

 

以前「つぶやき」では、NHC(N-ヘテロサイクリックカルベン)を有機分子触媒として用いると、CO2を活性化できるという報告を紹介しました(「つぶやき」での紹介記事はこちら)。すなわち簡単な有機分子を用いることでCO2を無害な(むしろ有用な)メタノールへと変換する、というコンセプトでした。

 

さらに最近、この研究に関連して、地球温暖化に待ったをかける(と言ってしまうのは大袈裟かもしれませんが)、画期的な研究成果が J. Am. Chem. Soc. 誌及びAngew. Chem. Int. Ed. 誌に報告されたので紹介します。


Figure0701-2.gif

Complexation of Nitrous Oxide by Frustrated Lewis Pairs
Otten, E.; Neu, R. C.; Stephan, D. W.
J. Am. Chem. Soc. 2009, ASAP. doi:10.1021/ja904377v

Figure0701-3.gif

 

Reversible Metal-Free Carbon Dioxide Binding by Frustrated Lewis Pairs
Momming, C. M.; Otten, E.; Kehr, G.; Frohlich, R.; Grimme, S.; Stephan,D. W.; Erker, G.
Angew. Chem. Int. Ed. 2009, Early View. doi:10.1002/anie.200901636

 

いずれの研究もカナダのトロント大学のStephan, D. W. 教授らのグループが中心になっています。Stephan教授は「Frustrated Lewis Pairs(以下FLPs)」に関する化学の第一人者です。

 

 Lewis Pairsとはつまりルイス酸とルイス塩基の両方の機能を併せ持つ分子のこと。配位子としての利用や触媒能について精力的な研究がなされてきました。その結果、ルイス酸-塩基中心が同時に二つの反応基質を活性化して、触媒能を示すことも明らかとなっていました。しかしながら、これらの化合物を触媒として働かせるためには、ルイス酸とルイス塩基部位同士が相互作用してしまう、いわゆるクエンチ反応を防ぐことが課題でした。

 

Stephan教授は、「  B(ボラン)及び  P(ホスフィン)」を組み合わせた「Lewis Pairs」に着目していました。さらに前述の問題を解決するために「嵩高い置換基を導入」して、ボラン-ホスフィン間での配位を防ぎました。このようにして「Frustrate」されたFLPsは、なんと水素分子をもヘテロリティックに解裂させることができます(下図参照)。

 

 

Figure0701-4.gif

 

Reversible Metal-Free Hydrogen Activation
Welch, G. C.; Juan, R. R. S.; Masuda, J. D.; Stephan, D. W.
Sience 2006, 314, 1124. doi:10.1126/science.1134230

 また得られたFLPs-水素付加体は、C=N(イミン)やC≡N(ニトリル)を触媒的に還元することが可能です『遷移金属を用いることなく触媒的水素化反応を可能にした』という点で、グリーンケミストリーの立場からも高く評価されています。

 今回の研究成果は、これらの研究の発展型で「FLPsは温室効果ガスとして知られるCO2やN2Oをも活性化できた」というものです。これまでにも遷移金属錯体を用いてCO2やN2Oを活性化するという報告例はありました。しかしながら典型元素のみからなる中性分子が、室温下、1 bar程度の圧力の気体と反応するという例は非常に珍しいと言えます。
 
 ただし、このような分子・反応系が設計できたからと言って、温暖化解決に直結するかと言えばそう簡単な話ではないと思います。しかしながら、基礎化学的な知見の積み重ねの上に応用があるという事実はいつの時代も変わりません。数十年後か数百年後かわかりませんが、これらの成果をヒントとして生まれた技術が利用されることを期待したいものです。
 実用化に至らないまでも、基礎化学的な観点からも興味深い結果であるのは間違いありません。これほどまでにシンプルな系で、新しい概念を生み出したという点には感動すら覚えます。今後FLPsを用いてあらゆる結合の切断・分子変換が可能になれば、地球を救うことはできなくとも有機化学の可能性は確実に広がるはずです。

 

 研究においては、どのようなコンセプトを持って進めていくかという姿勢が重要であると思います。それは論文発表でも口頭発表でも、まず最初に目に(耳に)する「Introduction」に凝縮されています。賛否両論あるとは思いますが、駆け出しの研究者である筆者にとっては少々大袈裟なイントロのほうがおもしろいと感じることも少なくありません。今回紹介した論文がそうであるように、「こんなにも夢のある化合物ですよ」という前置きがあると取っ付きやすいのは間違い有りません。

 

それらを踏まえて今回のブログの記事のタイトルを決めましたが、いかがでしょうか?

大袈裟なタイトルに引き付けられた人が多少なりともいてもらえれば幸いです。

 

  • 関連論文
    [1] Rokob, T. A.; Hamza, A.; Papai, I. J. Am Chem. Soc. 2009, ASAP. doi:10.1021/ja903878z
  • 関連リンク
    Stephan Research Group(トロント大学 ステファン研究室HP)

トリプチセン

投稿者の記事一覧

博士見習い。専門は14族を中心とした有機典型元素化学。 ・既存の有機化学に新しい風を! ・サイエンスコミュニケーションの普及と科学リテラシーの構築! これらの大きな目標のため

関連記事

  1. ケムステスタッフ Zoom 懇親会を開催しました【前編】
  2. 有機合成化学協会誌2018年9月号:キラルバナジウム触媒・ナフタ…
  3. Discorhabdin B, H, K, およびaleutia…
  4. 化学系スタートアップ2社の代表が語る、事業の未来〜業界の可能性と…
  5. 溶液を流すだけで誰でも簡単に高分子を合成できるリサイクル可能な不…
  6. ナノ粒子応用の要となる「オレイル型分散剤」の謎を解明-ナノ粒子の…
  7. 【日産化学 26卒】 【7/10(水)開催】START your…
  8. 光誘導アシルラジカルのミニスキ型ヒドロキシアルキル化反応

注目情報

ピックアップ記事

  1. ウイルスーChemical Times 特集より
  2. とある化学者の海外研究生活:スイス留学編
  3. フッ素が実現する高効率なレアメタルフリー水電解酸素生成触媒
  4. 尿はハチ刺されに効くか 学研シリーズの回顧
  5. 活性二酸化マンガン Activated Manganese Dioxide (MnO2)
  6. 発想の逆転で糖鎖合成
  7. Whitesides教授が語る「成果を伝えるための研究論文執筆法」
  8. 痔の薬のはなし after
  9. 自己治癒するセラミックス・金属ーその特性と応用|オンライン|
  10. ビニルモノマーの超精密合成法の開発:モノマー配列、分子量、立体構造の多重制御

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年7月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー