皆さんは、“結晶”というと、どういうものを頭に思い浮かべますか?
水晶・ルビー・ダイヤモンドよろしく、鉱物のようなイメージでしょうか。それとも、雪の六角結晶が真っ先に浮かぶでしょうか。人によっては、小学校の科学クラブで作る大きなミョウバンのようなものかもしれません。
いずれにせよ「結晶=カチカチの固まり」というイメージは、およそ万人に共通のものだと思えます。
しかし化学の世界は、いつも我々の考えている一歩先を行きます。
最近、化学者たちは、「光照射によって変形する結晶」[1]を作り出すことに成功しました。今回はそれを紹介します。
ジアリールエテン結晶の可逆変化[2]
ジアリールエテン分子の開発者でもある、九州大学・入江らによる報告。上のようなopen構造を持つ分子は、紫外線(UV)照射により閉環し、closed型に変化します。逆に可視光をあてると開環し、元のopen型に戻ります。
この分子の単結晶にUVを照射すると、結晶形が長方形からひずんで菱形へ変化します。可視光を照射すれば元の長方形結晶に戻ります。
NatureのSupplementary Infoのページで動画を見ることができます。じわりじわりと色と共に形が変わっていく様子が良く分かります。
この分子の結晶構造は、二つのフェニル基を結ぶ軸がc軸とほぼ並行になるようなパッキングになっています。openとcloseでは、二つのフェニル基を結ぶ軸とほぼ並行な軸で、もっとも分子の伸び縮みが大きくなります。このため、c軸方向の伸縮度が最大となります。
ジアゾベンゼン結晶の可逆変化[3]
愛媛大学の小島らによる報告。光応答性分子ジアゾベンゼンは光照射により、シス-トランス異性がおこることはあまりにも有名です。
この単結晶に光を照射すると、上図のように薄い結晶がロールします。光を切って放っておくと、元の形に戻ります。
これもJACSのSupporting Informationのページにて、動画(AVI形式)を見る事が出来ます。かなり応答が速く、光を照射することで結晶が大きく曲がる様子が見て取れます。100回以上の繰り返し照射を行っても問題なく応答したそうです。
これらは、分子レベルの変化が肉眼で観測可能なマクロスコピックレベル(結晶形)にまで影響しているという、大変面白い例です。
「単に光で変化する分子を結晶化させて光を当てるだけなら、このような現象が観測できるのは当然では?」と考えてしまうかも知れません。しかし、こういう性質を持った結晶は現在でもきわめて稀な例です。
分子の形が変化すれば、普通はパッキング構造が安定でなくなり、結晶性が崩れてしまうものです。結晶性を保ったままに形状変化をおこすには、分子間の相互作用と分子構造の変化量が適切で、かつ全ての分子がほぼ同時・均一に変化しないといけません。アゾベンゼンのような大きな構造変化を起こす分子が、結晶状態でも繰り返し応答するというのは、かなり驚くべき現象といえます。
このような研究は、分子アクチュエータ・分子機械の実現に向けた基礎となりうることが期待されています・・・が、何に使えるかなどという世知辛い議論を横に置いても、ぼーと眺めてるだけでもなんだか楽しくなって来る気がしませんか?
関連書籍
[amazonjs asin=”4621079913″ locale=”JP” title=”有機化合物結晶作製ハンドブック 原理とノウハウ”]関連論文
- Review: Garcia-Garibay et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 8945. DOI : 10.1002/anie.200702443
- (a) Irie, M.; Kobatake, S.; Horiuchi, M. Science 2001, 291, 1769. DOI: 10.1126/science.291.5509.1769 (b) Kobatake, S.; Takami, S.; Muto, H.; Ishikawa, T.; Irie, M. Nature 2007, 446, 778. doi:10.1038/nature05669
- Kashima, H.; Ojima, N.; Uchimoto, H. J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 6890. doi:10.1021/ja8098596