Conversion of Carbon Dioxide into Methanol with Silanes over N-Heterocyclic Carbene Catalysts
Riduan, S. N.; Zhang, Y.; Ying, J. Y. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 3322. DOI: 10.1002/anie.200806058
シンガポールのバイオ工学・ナノテクノロジー研究所のグループから、ちょっと目を引く報告が出てきました。疑温室効果ガスとして知られるCO2を、我々の生活にとって役立つメタノールに変換できる、という研究です。
N-ヘテロ環状カルベン(N-heterocyclic carbene; NHC)を求核的有機分子触媒として用いることが本報告のキーポイントです。これにより、CO2をイミダゾリウムカルボキシレート種[1]として活性化できます。カルボキシレート部位がシランを求核攻撃し、シリケートとして活性化されたヒドリドの移動が起こり、引き続きNHCが脱離することで触媒的にCO2が還元されます(下図)。
化学としては、なかなか良い着眼点の仕事に思えます。とはいえ、ケイ素由来の廃棄物もたくさんできてくるため、実用にはもちろん堪えません。「詳細を評価できない多数の人達に対して、アピールしやすい研究」といえるでしょうか。
さて、こういった「衆目を集めやすい」研究は、一般の方々でも結果が分かりやすいためか、取り上げるブログ・サイトの数も比較的多くなるようです。日本語での解説記事も、大手サイトのGIZMODE JAPANで見つけることができました。しかしながらその実態は、何かと考えさせるものに思えます。以下引用します。
二酸化炭素なんかに負けないぞ!地球を救う方法を発見!? (GIZMODE JAPAN)
白くまさん朗報です。
この度、バイオエンジニアリング&ナノテクノロジー協会のシンガポール人研究者達が安全で毒性のない方法で、二酸化炭素を燃焼しても大気汚染物質の排出が少ないクリーンなバイオメタノールに変換する技術を考案したそうです。なんだか、人類は地球の最大の敵「地球温暖化」に勝てそうな気がしてきました。
この科学上の発見は有名な科学雑誌「Angewandte Chemie」に掲載され、非常に重要な発明であると判断されました。また、Gizmagによると。科学者たちは「乾燥した日の緩やかな条件下で二酸化炭素をN-ヘテロ環状カルベン(NHC)と呼ばれる有機触媒と反応させることが出来た」とも語っているそうです。その後、ほんの少しのシリカと水素を加えることによって、全体の混合物はメタノールを作り出すために加水分解されるはずとのこと。着々と実験は進んでいるようです。
将来的に期待できる部分はNHCは十分な量をまかなえる豊富なガスである事。なので、あとは、研究者のみなさんに更に頑張ってもらって、次のステージに進んでリアルな技術になることを願うのみですね。
この文章、化学者視点から眺めれば、明らかなる誤りを含むとともに、突っ込みどころも満載です。ざっと見てこれぐらいは思い付きます。
- NHCは気体ではない(少なくとも反応条件下では)
- シリカと水素はどこにも使われていない(使われているのはヒドロシラン)
- もちろんバイオメタノールではない。加えて燃料用途であればバイオ由来か否かは本質では無い。
- メタノールをクリーン燃料と呼んで良いのか?(理屈上、再利用可能かもしれないが、少なくともCO2は必ず出る)
- 「乾燥した日の緩やかな条件下で」はなんだか微妙な表現。原文は”under mild
conditions in dry air”となっており、「非水雰囲気下に穏和な反応条件にて」というのが適切な意味ですね(当たらずとも遠からずですが)。- 加水分解はシリカと水素では起きないのでは?
おそらくは元記事を適当な解釈で和訳・要約したが故に、こうなっているのでしょう。しかしながらこんな文章でも、「化学のイメージを良くする技術が開発された」「化学者が社会に貢献した好例だ」という趣旨は伝わる、言い換えれば、一般人に化学の魅力を感じてもらうアピールは一応達成できているように感じられます。 中身はどうあれ、ある程度機能している文章の典型と言えそうです。
こういった事例を、「伝えたいことはアピール出来てるんだから、結果オーライだ」と見るべきなのか?それとも化学者たるもの、記事の魅力を減ずる可能性をはらみつつ、細かいところにツッコミを入れていくべきなのか?――これはなかなか悩ましい点です。GIZMODEの記事は、化学非専門者によって書かれているでしょうから、大目にみるべきなのかも知れませんが。それでも個人的に「この記事はちょっとなぁ・・・」と思えてしまって仕方ないのですが、皆さんはいかがでしょう。
やはり世間では、イメージアピールこそが最重要であって、化学の実質は適当でよい、といった風潮が蔓延してるのかも知れません。「最先端技術を適切な言葉で説明できる人材の必要性」を、改めて痛感させられる事例にも思えました。
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