[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

総収率57%! 超効率的なタミフルの全合成

[スポンサーリンク]

 

High-Yielding Synthesis of the Anti-Influenza Neuramidase Inhibitor (-)-Oseltamivir by Three One-Pot Operations
Ishikawa, H; Suzuki, T; Hayashi, Y. Angew. Chem. Int. Ed. 2009, ASAP doi:?10.1002/anie.200804883

2009年はじめの論文は東京理科大学林雄二郎教授らの報告です。3 one-pot、総収率57%、保護基なしと如何にして短段階、高収率で化合物を合成できるか?それを究極に近い値まで磨き上げた論文であると思います。


彼らの合成のハイライトは有機不斉触媒を用いたニトロアルケン誘導体とアルコキシアルデヒドとのマイケル反応、それに引き続くチオールのビニルホスフォナートのマイケル反応、分子内Horner-Emmons反応です。反応はEndersらによって報告されている反応[1]の類似反応ですが、いくつか工夫がみられます。ここで、驚くべきまた巧妙なことに生じたシクロヘキサン誘導体の次亜ステレマー混合物をさらにone-potでチオールを作用させ、シクロヘキサン環の性質を利用することで、望みの立体化学を有する安定な化合物へすべて異性化させることに成功したのです。この”1段階”の収率は70%。ここですでにすべてのタミフル炭素骨格を導入してしまいました。

tamiflu_hayashi.gif

 

 

続いて、t-Bu基の除去、アシルアジドへ変換した後、クルチウス転位を行いました。ニトロ基の還元、アンモニアでジアミンに配位した亜鉛の除去、炭酸カリウムによるチオールの脱離反応を経てタミフルを合成した訳です。

利用している試薬も非常に安価で、工業的にも問題ないだけでなく、アシルアジドも室温でクルチウス転位が進むということから、危険性も低いと思われます。総じて”3段階”、57%収率。日本でも東大薬院の柴崎、福山両先生ら、海外でも Corey、Trostなど超ビッグネームが合成を行った化合物であり、タミフルのLast synthesisに値するのではないでしょうか。2009年始めの論文としてお世辞なしに大変面白く、すばらしい合成であるといえます。

実は筆者は林先生と近いところにいたため、あまりこれまで先生の仕事を取り上げることはありませんでしたが、有機不斉触媒を利用した合成だけでなく近年の全合成研究の中でもトップ10に入るようなよい合成ではないでしょうか。自分の反応を”無理矢理”利用した、数多い全合成研究の中、化合物をうまくマッチし反応開発の力をアピールした合成であるといえます。あえていえば、”少し”遅かったか。。ということだけですね。つまり、この化合物の合成に関してかなりの知見があるということです。

 

同じ天然物合成をやっているものとして、「天然物合成をOrganic Synthesisに載せる」という1つの目標があります(ただし、そんなものは私の知っている限りはありません)。その為には化合物が重要であること、短段階、高収率、再現性、大量スケールでも問題ないという様々な壁があります。その点、水分に強い有機触媒、極低温反応もなくスケールアップも可能であり、掲載するしないに関わらずそれに値すると思います。方向性を変えてみると、有機触媒は次の反応の邪魔をしないため、ドミノ反応に非常に適しています。もちろん今までも、有機触媒を利用したドミノ反応はBarbas, Jorgensen, Endersらによって多く報告されてきましたが、そのような観点で考えると、まだまだ複雑な化合物の合成に利用できるのではないでしょうか。

 

ところで、林雄二郎教授について少し述べますと、ホームページのPublication Listを見ると、6年間で18報Angewandte誌に論文を報告しています。特に昨年は今回のものをいれて6報。驚異的です。日本人で一番ドイツ化学雑誌に貢献しているのではないでしょうか。また、2006年のAngewandeに溶液中プロリンの不斉非線形現象について報告しています[2]。これは論文を見ればわかると思いますが、2004年に投稿し、アクセプトされるまで、2年弱の月日が流れています。その間に、イギリスのBlackmondらによって同じコンセプトの内容がNatureに投稿されてしまいました[3]。また、2008年には有機触媒を用いたアセトアルデヒドのクロスアルドール反応を報告していますが[4]、これもまた、同時期にListらによってNatureにマンニッヒ反応が報告されています[5]。つまり、Natureを2度逃しているというわけです。ただし、Natureがよいかどうかは全く別です。どちらにしても非常にインパクトのある仕事を行っている林雄二郎先生の仕事に今後も注目したい思います。

 

関連論文

[1] Enders D.; Huttl MR.; Grondal C.; Raabe G. Nature?2006, 441, 861. DOI:10.1038/nature04820
[2] Hayashi, Y. et al, Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 4593. DOI: 10.1002/anie.200601506
[3] Blackmond, D. G.; et al, Nature 2006, 441, 621. DOI: 10.1038/nature04780
[4] Hayashi, Y/; Gotoh, H.; Masui, R.; Ishikawa, H;, Angew. Chem. Int. Ed, 2008, 47, 4012. DOI: 10.1002/anie.200800662
[5] List, B.; et al, Nature 2008, 452, 453. DOI: 10.1038/nature06740

 

関連リンク

Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. ユシロ化学工業ってどんな会社?
  2. ニンニクの主要成分を人工的につくる
  3. GFPをも取り込む配位高分子
  4. 優れた研究者は優れた指導者
  5. 仕事の進め方を見直してみませんか?-SEの実例から
  6. 第10回日本化学連合シンポジウム 化学コミュニケーション賞201…
  7. U≡N結合、合成さる
  8. ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2024年版】

注目情報

ピックアップ記事

  1. 脂肪燃やすアミノ酸に効果 「カルニチン」にお墨付き
  2. 千葉大など「シナモンマスク」を商品化 インフル予防効果に期待
  3. 亜鉛トリフラート触媒:Zinc Triflate
  4. 8億4400万円で和解 青色LED発明対価訴訟
  5. 京大融合研、産学連携で有機発光トランジスタを開発
  6. 【書籍】新版 元素の小辞典
  7. カンプス キノリン合成 Camps Quinoline Synthesis
  8. カルバメート系保護基 Carbamate Protection
  9. ノーベル化学賞明日発表
  10. 有機反応を俯瞰する ー挿入的 [1,2] 転位

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2009年1月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

理研の一般公開に参加してみた

bergです。去る2024年11月16日(土)、横浜市鶴見区にある、理化学研究所横浜キャンパスの一般…

ツルツルアミノ酸にオレフィンを!脂肪族アミノ酸の脱水素化反応

脂肪族アミノ酸側鎖の脱水素化反応が報告された。本反応で得られるデヒドロアミノ酸は多様な非標準アミノ酸…

野々山 貴行 Takayuki NONOYAMA

野々山 貴行 (NONOYAMA Takayuki)は、高分子材料科学、ゲル、ソフトマテリアル、ソフ…

城﨑 由紀 Yuki SHIROSAKI

城﨑 由紀(Yuki SHIROSAKI)は、生体無機材料を専門とする日本の化学者である。2025年…

中村 真紀 Maki NAKAMURA

中村真紀(Maki NAKAMURA 産業技術総合研究所)は、日本の化学者である。産業技術総合研究所…

フッ素が実現する高効率なレアメタルフリー水電解酸素生成触媒

第638回のスポットライトリサーチは、東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 (前田研究室)…

【四国化成ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

◆求める人財像:『使命感にあふれ、自ら考え挑戦する人財』私たちが社員に求めるのは、「独創力」…

マイクロ波に少しでもご興味のある方へ まるっとマイクロ波セミナー 〜マイクロ波技術の基本からできることまで〜

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーとして注目されている、電子レンジでおなじみの”マイクロ…

世界の技術進歩を支える四国化成の「独創力」

「独創力」を体現する四国化成の研究開発四国化成の開発部隊は、長年蓄積してきた有機…

四国化成ってどんな会社?

私たち四国化成ホールディングス株式会社は、企業理念「独創力」を掲げ、「有機合成技術」…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP