「ある反応がどのようにして起こっているか?」について記述したものが反応機構(reaction mechanism)です。一つの反応機構は、反応に関わる全ての結合の開裂・生成様式を示します。つまり、どの結合がどういう順番で切れ、どの結合がどういう順番でできるか、ということが必要十分に表現されていなくてはなりません。
有機化学反応の本質は電子の授受にあります。そのため反応機構は、電子の移動で表現されます。
もちろん現実は紙の上より複雑・多様です。実際に電子が一つずつ移動するわけではありません。これで得られるのはあくまで定性的な理解ですが、有機化学反応を適切に分類して理解しやすくし、また、より深く理解するためのツールとして非常に強力です。
そこで本シリーズでは、反応機構図を書くためのポイントを解説していきたいと思います。
有機化学を学ぶ人は是非マスターしておくべきものですので、反応機構が自分でうまく説明できないとお困りの方は是非参考にしてみてください!
反応機構を矢印で書く
有機反応の中身は電子の授受であると書きました。このやりとりは、定性的に「巻矢印」で表現する慣例になっています。
たとえば有用人名反応の一つ、ホーナー・ワズワース・エモンス反応の反応機構は下図のようになります。
有機化学を学ぶ学生の多くは、まずこの矢印表記につまづくようです。実験技術に長けていても、矢印の書き方を知らない大学院生は実にたくさんいます。
確かに矢印が書けずとも実験は進められます。どんな結果が期待できるかさえ知っていれば何とかなるからです。しかし、それではいつまでたっても「化学=暗記物」の図式から抜け出せません。実験結果を深く理解し、さらなる応用へと結びつけていくことも難しいと思えます。
矢印を使った反応機構を書けるようになること――これはレベルの高い有機化学研究をしたいのであれば、習得を避けては通れないスキルであるといえます。単なる「実験事実」から、「サイエンス」へと実験結果を発展させていくための“思考ツール”、つまりは一つ一つの結合変換について深く理解し、学んだ知見をさらに発展させていく目的に大変な優れた記述法だからです。
はじめは大変かも知れませんが、ひとたびマスターすれば、化学的思考力が格段にアップすることは確実です。 是非、正しい「電子の矢印の書き方」を習得しましょう。
矢印の決まりごと
大きく分けて以下の3つがあります。
①電子対(電子2つ)の動きを表す時には、普通の矢印を使う
②電子1つの動きを表す時には、釣り針型の半矢印を使う
③巻矢印内側にある原子の電子数は変わらない
③は分かりづらいかも知れませんので、下図・右のケースを例に考えてみましょう。A-Bの共有結合電子対がCに移るケースで、極性転位反応などに多く見られるパターンです。
上スキームのように破線を使って書くと、A上の電子数は変わらずに、B上の電子がCに持って行かれる表記になります。他方、下スキームのように書くと、B上の電子数は変わらず、A上の電子が持って行かれる、という表記になります。
どちらも同じ結合から矢印が伸びる機構ですが、全く異なる意味になっていることを知っておいてください。
一方、曲がっていない矢印は何を表しているのでしょうか?これは、化学種同士を関係づける表記です。多用されるものは以下の3つです。
電子の動かし方
電子の動きを考えるのは一見複雑そうです。しかし、実は常識的な感覚に従えば良く、難しく捉えすぎる必要はありません。
以下のポイントを押さえておけばとりあえずOKでしょう。
①矢印(電子の動き)はマイナス電荷を帯びた『求核種』から、プラス電荷を帯びた『求電子種』へ移動する。
②電子の移動しやすさ(負電荷を持つ優先度)は電気陰性度で決まる
ざっくり言ってしまえば、世にある反応機構のほとんどは、プラスとマイナスが結びつくことの繰り返しで書ける、ということです。たとえば、プラスが出にくい元素にプラスを出そうとしたり、マイナスとマイナスが反応するような機構は、間違っている可能性が高い、ということです(勿論例外はあります)。
次回は実例を挙げつつ、反応機構をどうやって書くか?についてお話ししたいと思います。
(※本記事は以前より公開されていたものを加筆修正し、「つぶやき」に移行したものです。)
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