Lithium monoxide anion: A ground-state triplet with the strongest base to date.
Tian, Z.; Chan, B.; Sullivan, M. B.; Radom, L.; Kass, S. R. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2008, 105, 7647. doi:10.1073/pnas.0801393105
史上最強の塩基性をもつ物質が合成された、という報告がPNASに出ていましたので、今回はこれを紹介します。合成に成功したのはミネソタ大学のKassらのグループ。
それはどんなものかというと、意外にも単純な物質で、水酸化リチウム(LiOH)の共役塩基であるリチウムモノオキシドアニオン(LiO-)だそうです。
彼らがLiO-合成に行き着いたアプローチ・指針をまとめてみましょう。
「電気陰性な元素が結合するとプロトン酸の酸性度は高くなる」というのはごく基礎レベルの化学的知識です。脱プロトン化によって生じたアニオンが安定であるため、そうなります。(実際、酸性度は HF>H2O>NH3>CH4 の順列になることが知られています。)
これを逆に捉えれば、「電気陽性な元素が結合すると共役塩基の塩基性が高くなる」と考えることができます。ここから、もっとも電気陽性なリチウムを含んだ化学種が良いのでは?という発想が導かれてきます。
次のステップは、どういうリチウム化合物が適するのか?ということです。彼らは計算化学の力を借りて、仮想リチウム化学種の塩基性を見積もっています。その結果、メチルアニオン(これまで最強だった塩基性物質)よりも強いものとしてLiO-が示唆されました。
いよいよLiO-を合成すれば良いだけになりました。しかしながら、それより強い塩基性物質は勿論この世に無いので、通常とられるプロトン交換反応などでは合成できません。
彼らは、衝突誘起解離(collision-induced dissociation; CID)という現象に着目しました。高い運動エネルギーを持つ気体分子が衝突して、フラグメント解離を引き起こす現象です。質量分析条件下においてよく見られます。ESI-MS条件におけるCIDによって下図のような化学反応を進行させ、LiO-の気相合成に成功しています。
このような合成法をとるために、塩基としての反応性を直接測定することは難しかったようです。電子供与性や熱力学的安定性などから、間接的に証明しているような感じです。当然ながらLiO-を望みの化学反応に用いることも現実的に不可能です。
直接私たちの生活には役立ちませんが、化学の限界へ挑む挑戦的な研究の一つといえます。いろいろな分野で想像を超える発見がなされることは、いち化学者として大変楽しみなことです。
ちなみに、単独分子での史上最強の酸は2004年にReedらによって合成されたカルボラン酸と言われています。
外部リンク
- Lithium Monoxide Anion Is As Basic As It Gets (C&EN)
- Kass group home page
- 史上最強の酸、合成さる (有機化学美術館)
- カルボラン酸 – Wikipedia