A concise synthesis of (-)-oseltamivir
Trost, B. M.; Zhang, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, Early View. doi:10.1002/anie.200800282
先日「つぶやき」で書いた講演紹介でも簡単に触れましたが、スタンフォード大学のTrost教授らによって、タミフルの新たな短工程合成法が報告されました。
当サイトでは過去にもタミフルの合成法を数種類取り上げています(参照:有機って面白いよね!の記事・化学者のつぶやき「その1」「その2」「その3」)。Trostらの報告において特筆すべきは、わずか8工程という、最短の工程数を実現している点です。これを実現せしめている鍵とは、一体何でしょうか?
以前に紹介したKannらのルートと同じく、彼らは炭素原子を全て含んだ骨格に官能基を生やしていくアプローチを取っています。彼らのルートでは、最新鋭の触媒技術がふんだんに使われているのが特徴です。とりわけ目を引く変換を取り上げてみることにしましょう。
まずは、第一段階の不斉アリル位置換反応(不斉辻-Trost反応)。Trost自身らによって開発されたキラルアリルアミン合成法を上手く用いています。原料はラセミ体で市販されていますが、酸化的付加後にmeso型のπ-アリル中間体を形成するため、続く不斉求核付加によってキラルな化合物を得ることが出来ます。ドナーには市販のTMSフタルイミドを用いています。酸化的付加後生じるカルボキシレートアニオンがTMS基を捕捉し、求核性の高いイミドアニオンが生じます。通常のイミドではアニオン生成効率が低いためか、カルボキシレートとの電子的反発のためか、上手く反応が進行しないそうです。フタロイル保護基(Phth)は、ヒドラジンで選択的脱保護が可能です(ODOOS:Gabrielアミン合成を参照)。
続いて、ロジウムナイトレニドを経る位置・立体選択的アジリジン化[1]。用いている試薬を見ても、この段階は相当に検討が重ねられていることが想像できます。DuBoisらによって開発された条件およびRh2(esp)2触媒[2]が特に有効だったようです。esp配位子は反応進行に必須とされるロジウム二核構造を安定化し、触媒失活を防ぐ役割を果たしています。SES基というのは見慣れない保護基ですが、TBAFなどのフッ素源で選択的脱保護可能なスルホン系保護基です。この条件では、強めの電子求引基を持つアミドしか適用できないため、SES→Acの掛け替えが必要になってしまっています(詳細な反応機構はODOOS:DuBoisアミノ化を参照)。
この二種類の反応を巧みに用い、導入困難なキラルtrans-vic-ジアミン単位を短工程で構築しています。
結局、全8工程・通算収率30%と、報告されている中で最も短工程なルートを実現せしめています。かなり突き詰めたルートであり、これを超える効率はちょっとやそっとでははじき出せないように思えます。
関連文献
- 金属触媒を用いるアジリジン合成に関する最近の総説:Halfen, J. A. Curr. Org. Chem. 2005, 9, 657.
- Espino, C. G.; Fiori, K. W.; Kim, M.; Du Bois, J. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 15378. DOI: 10.1021/ja0446294
外部リンク
- タミフルをどう作る?~インフルエンザ治療薬の合成~(有機って面白いよね!)
- オセルタミビル(Wikipedia)
- Oseltamivir(Wikipedia)
- The Trost Research Group スタンフォード大・トロスト研究室のページ
- Barry M. Trost (World Chemist DB)