[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

複雑化合物合成にも適用可能なC-H酸化反応

[スポンサーリンク]

” A Predictably Selective Aliphatic C-H Oxidation Reaction for Complex Molecule Synthesis.”

Chen, M. S.; White, M. C. Science 2007, 318, 783.

DOI: 10.1126/science.1148597

 

イリノイ大学のM. Christina White准教授による報告です。

White准教授はC-H官能基化をターゲットにした触媒開発研究を進めています。(以前にも、酸化的C-Hアミノ化反応の開発を紹介しました。) 今回の論文では、触媒的C-H酸化反応について述べています。この触媒の何より優れているところは、既存の条件には到底耐えることができない複雑化合物に対しても適用可能、という条件の穏和さにあります。

合成を進めるときは、化合物の酸化状態を徐々に上げていくルート設定にすることが一般的です。

初期化合物から酸化状態が高い(極性官能基を多く持つ)化合物を扱うようなルートにすると、 取り扱いや選択性などの観点から、多数の保護基を使う必要に迫られます。脱着過程が工程数を長くするばかりか、もし狙ったように外れず迂回が必要になったりすると、トータルの合成効率は格段に低下します。保護基の使用を最小限に抑えるべく、選択的に酸化状態の調節を行える反応は、あらゆる場面で重宝されるのです。(複雑高価な試薬にもかかわらずDess-Martin試薬がよく使われる理由もそういうところにあります。)

C-H結合を直接酸化することができればそれに越したことはありません。しかし、数あるC-H結合の微妙な差異を見分けることは難しく、アリル位やベンジル位などの隣(π系隣接位)を除き、選択的酸化は達成されていませんでした。

Whiteらは過去の例[1]を参考にして、冒頭に示した鉄触媒-過酸化水素のC-H酸化条件を新たに開発しました。基質依存的ではありますが、良好な化学選択性が発現可能なことを示しています。以下に反応例を抜粋しておきます。

 

white_science2.gif

 ①三級C-Hが優先的に酸化される ②電子求引基から遠い(より電子豊富な)方が酸化される ③混み入って無いC-Hが酸化される ④立体保持で進む という一般的傾向があるようです。一方で既存のC-H酸化条件は激しすぎ、このような区別を行うことは難しいです。

特に興味深いデモンストレーションは(3)(4)に示した例です。

(3)に示すアルテミシニンの酸化では、鉄触媒によって開裂する可能性のあるエンドパーオキシド基を侵さずに、5つある三級C-Hのうち一つだけを酸化することに成功しています。選択性は上記の①~④の傾向と大まかに合致しています。

(4)に示すジベレリン酸誘導体の酸化では、近傍のカルボン酸がDirecting Groupとして働きます(※この場合はAcOH非添加で反応が進行します)。これにより、低反応性の2級C-Hでも優先的に、しかも立体特異的に酸化されることは特筆すべき点でしょう。

収率は総じて中程度にとどまるものの、既報のC-H酸化反応の中では最も基質一般性に富む条件であることは疑いありません。今後さらなる触媒活性の向上が待たれます。

 

関連論文

  1.  (a) Okuno, T.; Ito, S.; Ohba, S.; Nishida, Y. J. Chem. Soc. Dalton Trans. 1997, 3547. DOI: 10.1039/a700030h (b) Chen, K.; Que, L., Jr. Chem. Commun. 1999, 1375. DOI: 10.1039/a901678c (c) White, M. C.; Doyle, A. G.; Jacobsen, E. N. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 7194. DOI: 10.1021/ja015884g

 

関連書籍

[amazonjs asin=”1860940986″ locale=”JP” title=”Biomimetic Oxidations Catalyzed by Transition Metal Complexes”][amazonjs asin=”0120236583″ locale=”JP” title=”Advances in Inorganic Chemistry, Volume 58: Homogeneous Biomimetic Oxidation Catalysis”]

 

外部リンク

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 人と人との「結合」を「活性化」する
  2. ボリルアジドを用いる直接的アミノ化
  3. 【速報】2010年ノーベル物理学賞に英の大学教授2人
  4. 有機合成化学協会誌2022年12月号:有機アジド・sp3変換・ヤ…
  5. 天然バナジウム化合物アマバジンの奇妙な冒険
  6. オペレーションはイノベーションの夢を見るか? その3+まとめ
  7. Carl Boschの人生 その10
  8. 合成とノーベル化学賞

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【追悼企画】水銀そして甘み、ガンへー合成化学、創薬化学への展開ー
  2. ITを駆使して新薬開発のスピードアップを図る米国製薬業界
  3. 永木愛一郎 Aiichiro Nagaki
  4. ダニエル・ノセラ Daniel G. Nocera
  5. 有機合成化学協会誌2018年2月号:全アリール置換芳香族化合物・ペルフルオロアルキル化・ビアリール型人工アミノ酸・キラルグアニジン触媒・[1,2]-ホスファ-ブルック転位
  6. カーボンナノベルト合成初成功の舞台裏 (3) 完結編
  7. Discorhabdin B, H, K, およびaleutianamineの不斉全合成
  8. デーヴィス酸化 Davis Oxidation
  9. オキソニウムカチオンを飼いならす
  10. 18F-FDG(フルオロデオキシグルコース)

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2007年11月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP