[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アザジラクチンの全合成

[スポンサーリンク]

Synthesis of Azadirachtin: A Long but Successful Journey Veitch, G. E.; Beckmann, E.; Burke, B. J.; Boyer,  A.; Maslen, S. L.; Ley, S. V. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 7629. DOI:10.1002/anie.200703027
A Relay Route for the Synthesis of Azadirachtin Veitch, G. E.; Beckmann, E.; Burke, B. j.; Boyer, A.; Ayats, C.; Ley, S. V. Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 7633. DOI:10.1002/anie.200703027

(ややいまさら感がありますが) ケンブリッジ大学・Steven Leyらによって先日達成された、アザジラクチンの全合成について紹介します。

冒頭の構造式を見てもらえれば分かりますが、縮環構造・高酸化数・16の不斉炭素(うち4級炭素が4つ)と、とんでもなく複雑な構造をしている化合物です。最終物は光やら酸素やらいろんなものに不安定だそうで、「これを合成しよう!」と思ったとしても、もはやどこら辺から手をつけて良いのかすら分かりません。2007年に全合成された天然物の中では、疑いなく最難化合物の一つといえるでしょう。

ともかくルートの収束性を高める戦略に基づけば、下のような結合で切る逆合成をして、フラグメント同士をくっつけるやり方がよさそうです。 ただし、この結合は、とてつもなく混み合った四置換炭素同士を結んでいます。Leyらも同様の逆合成をしていますが、やはり最も困難を極めたのは「どうやってこの炭素-炭素結合をうまく作るか?」、ということでした。実際ありとあらゆる方法を試しているようですが、どれもこれもうまくいかず相当な苦戦を強いられたようです。

唯一上手くいったやり方は、下図のようにプロパルギル位に脱離基を持つピランフラグメントを用いる方法です。反応点周りが立体的に空いていることが何にも増して重要だったようです。

 

azadirachtin2.gif

では、実際のルートを見てみましょう。デカリンフラグメントの基礎骨格は、分子内Diels-Alder反応およびアルドール型環化を用いて上手く構築しています。シリル基はDiels-Alder反応の選択性発現に重要であるとともに、後に玉尾-Fleming酸化によってヒドロキシル基を導入するための足がかりになっています。

azadirachtin3.gif

 いよいよフラグメントカップリングです。アルキル化によって結合を作ろうとしましたが、得られてきたものは、エノールの酸素原子上で反応が起こった化合物でした(このあたりからも一筋縄ではいかないことが見て取れると思います)。

 ともあれフラグメント間で結合が作れたので、これを足がかりとしたClaisen転位によって炭素-炭素結合形成を試みています。熱的にも反応がいったようですが、Tosteらによって開発されたAu(I)触媒を用いるプロパルギルClaisen転位(Saucy-Marbett転位)が有効だったようです。最新合成技術の発展がどれだけ凄いかを示す好例といえるでしょう。

 その後もかなりハードル高い変換が続きます。Barton-McCombie条件によってラジカル環化反応を行い右半分の炭素骨格構築に成功しています。続いて混み合った位置にエポキシ化を行っています。温度(100℃以上)・時間(7日間)・ラジカルスカベンジャー添加という突き詰めた条件になっており、ここ1ステップだけで気が遠くなる検討が重ねられていることが想像できます。これでDegradation Studiesで得られる化合物と同じものが得られ、あとは逆行ルートに従って合成を進め、アザジラクチンの全合成を完了しています。

azadirachtin4.gif

 40人以上の共同研究者、22年という長い年月をかけて達成された64段階の全合成ルートは、どのような価値をもたらすのでしょうか?これについてはほうぼうの雑誌で批評記事が掲載されており、必ずしも肯定的な意見ばかりでもないようです。

ともあれ、最先端の合成技術を結集してもこれほどまでに大変なルートになる現実を鑑みれば、現状の有機合成における課題をいくつも見いだせるように思います。少なくとも「縮環構造・高酸化数・連続不斉炭素を持つ化合物を実用合成可能なレベルには、合成技術の方が到達できていない」ということはいえそうです。

では、どうすれば効率よく合成できるようになるのか?はたまた、それは追い求め続けるべき課題なのか? ―――それを各々で判断し、考え、決められること、それが学術研究の持ちうる自由さです。

その自由さを謳歌しうる限り、研究者たちはどういう風に考え、有機合成はどう進展していくのか?全ての時代を通じて、それは興味深い思索となるでしょう。

 関連リンク

Azadirachtin (Wikipedia)

ニーム(インドセンダン)

アザジラクチン・22年目の陥落 (有機化学美術館・分館)

The Ley Group homepage ケンブリッジ大・レイ研究室のホームページ

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャー…
  2. タンパク質の構造ゆらぎに注目することでタンパク質と薬の結合親和性…
  3. モータータンパク質に匹敵する性能の人工分子モーターをつくる
  4. リチウムイオンに係る消火剤電解液のはなし
  5. 第4回ICReDD国際シンポジウム開催のお知らせ
  6. ベンゼン環を壊す“アレノフィル”
  7. 第五回ケムステVプレミアレクチャー「キラルブレンステッド酸触媒の…
  8. 「サイエンスアワードエレクトロケミストリー賞」が気になったので調…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 天然の日焼け止め?
  2. キラルLewis酸触媒による“3員環経由4員環”合成
  3. 第95回日本化学会付設展示会ケムステキャンペーン!Part II
  4. デヴィッド・エヴァンス David A. Evans
  5. メーカーで反応性が違う?パラジウムカーボンの反応活性
  6. 近況報告PartIV
  7. 一重項分裂 singlet fission
  8. ケネディ酸化的環化反応 Kennedy Oxydative Cyclization
  9. ヒドリド転位型C(sp3)-H結合官能基化を駆使する炭素中員環合成
  10. 小林 洋一 Yoichi Kobayashi

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2007年10月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー