[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

2007年度ノーベル化学賞を予想!(3)

[スポンサーリンク]

前回に続きまして「ノーベル化学賞がとれそうでとれないであろうでももしかしたらとれるかもしれない化学者」の紹介です。何もノーベル賞がすべてではありません。これから紹介するのは、確実に各分野の第一人者であり、時代を築いた化学者たちです。


とれそうでとれないであろう、でももしかしたらとれるかもしれない化学者(順不同)】

Teruaki Mukaiyama, David A. Evans (合成反応開発)

Nobel Prize
アメリカでよく知られている日本人はイチロー、松井、ホットドックの大食いの小林さん(笑。しかしかなり有名。)など多数います。特に、有機化学を学んでいる人なら知らないともぐりと呼ばれるほどの日本人、それが東大名誉教授・現北里研究所室長の向山先生です。

若干26歳で学習院大学理学部化学科講師となり、有機合成化学における新手法、新規反応の開発、特に脱水縮合を中心に研究を行ってきました。最も有名なものは向山アルドール反応[1]。即ち、シリルエノラートをルイス酸条件下に、カルボニル化合物に付加させる反応を開発したことにより、自己縮合を抑えて交差アルドール反応のみを進行させることができる手法です。

向山アルドール反応

 

そのほかにも多数の有用反応の開発、さらにはオリジナルな戦略で天然物タキソールの全合成を達成するなど、業績はあげるとキリがありません。

タキソール

タキソール

80歳を過ぎた今でも現役の研究者として研究を行っています。海外ならまだしも、日本だとそのようなバイタリティある人は、他の分野を含めてもほとんどいないでしょう。

同じくアルドール反応において、キラルなオキサザボロリジン(Evansの不斉補助基)を用いる不斉アルドール反応[2]を実現させたハーバード大・エバンス教授も、多くの有用合成反応を見出しています。また彼のもとからは優秀な研究員が多数輩出されており、アメリカの有機合成化学界ではそのほとんどが、コーリー(ノーベル化学賞受賞者)か、エバンスの派閥に属しているといっても過言ではないほどです。

Evansアルドール

Evansアルドール反応

もちろん両氏ともほぼ主要な賞はすでに受賞しており、あとはノーベル化学賞しか残っていない・・・というのは言い過ぎでしょうが、大御所の2人がノーベル化学賞を受賞するならばやはり「アルドール反応を代表とする多数の有用な合成反応の開発」でしょうか。

  1. Mukaiyama, T.; Narasaka, K.; Banno, K. Chem. Lett. 1973, 1011.; J. Am. Chem. Soc. 1974, 96, 7503.
  2. Evans, D. A. et al. J. Am. Chem. Soc. 1981, 103, 2127.

Steven V. Ley, Yoshito Kishi, K.C. Nicolaou, Samuel J. Danishefsky (天然物合成)

Nobel Prize
天然に存在する、生物学的に有用な化合物を人工合成する―それが天然物合成です。生物学的に有用な物質であるにも関わらず存在が極めて微量、もしくは構造が決まっていない化合物の供給には欠かせない研究です。

もしも研究過程で、元の天然物よりも活性の高い化合物を合成することができれば、医薬品開発における有用な知見となります。それだけではなく「合成化学的に面白い」もの=人工的に合成が困難な化合物を、知恵を絞って合成するというチャレンジングな分野でもあります。「そこに山があるから登る」とする登山家にたとえられる研究者でもありますが、現在では天然物合成に賛否両論があります。しかしながら、ここにあげる4人の天然物合成化学者はまぎれもなく一時代を築き、有機合成化学的にも、生物学的も多大な貢献を果たした人々です。

ケンブリッジ大のレイ教授は酸化反応のTPAP酸化の開発でも有名な化学者です。天然物合成化学者としてもオカダ酸やラパマイシン、最近では前人未到のアザジラクチンの全合成を20年以上かけて達成する[1]など多くの業績をあげています。またイギリス化学会長も歴任し、600報以上の論文を執筆し、今でも精力的に研究を行っています。

ハーバード大の岸義人教授は、1970年代より今でも合成困難な天然物フグ毒テトロドトキシンやサキシトキシン、パリトキシン[2]などの海産毒を効率的な手法で合成しました。日本人の現役全合成化学者の中では最も優れた化学者の一人です。

tetrodotoxin

テトロドトキシン

Palytoxin

パリトキシン

スクリプス研究所ニコラウ教授は世の中にある複雑な天然物をすべて合成してしまうような勢いで、現在も1か月に最低1つのペースで全合成を達成されています。タキソールの全合成[3]では他の研究者に先を越されたものの見事達成。ここに示す貝毒アザスピロ酸も、見ての通り複雑な天然物ですが、単離時に誤っていた構造を全合成によって訂正することで、真の構造を明らかにすることができました。

アザスピロ酸

 

そして、コロンビア大学ダニシェフスキー教授はタキソール、エポチロン、カリチェアミシンなどの抗癌活性化合物などを、独自の方法論で全合成しています。

合成しただけではなにもはじまらない―これは確かに、21世紀の合成化学者に求められる問題だと思います。ただ、合成したその次の段階が求められるぐらいに化学を発達させた、これほどまで困難な化合物を合成し供給する方法論を開発した、という意味で、ノーベル化学賞に値するかもしれません。

  1. Veitch G.E; Beckmann E; Burke B.J.; Boyer, A.; Maslen, S.L.; Ley, S.V.; Angew. Chem. Int. Ed. 2007   DOI: 10.1002/anie.200703027
  2. Kishi, Y et al, J. Am. Chem. Soc. 1989, 111, 7530.
  3. Nature 1994, 367, 260.

Koji Nakanishi (構造生物有機化学)

Nobel Prize
コロンビア大学中西教授は、イチョウ葉に含まれる有効成分であるギンゴライドやメキシコ湾で多発する赤潮の原因であったブレベトキシンの構造決定などを含め、200以上の生物活性を有する天然物の単離・構造決定を行ってきました。
ブレベトキシン
その手法はきわめて斬新で、1967年ギンゴライドの構造決定の際、初めてNOE(nuclear Overhauser effect)を利用、また励起子カイラリティ法(exciton coupled circular dichroic method)という、CDスペクトルを利用した天然物の絶対立体配置決定法を自身で開発し、天然物の構造決定に多くのインパクトを与えました。これらは1960年代に行われていたものであり、当時60MHzのNMRしかなかった時代では考えられないような先進的な結果です。

その後も構造決定だけでなく、生物有機化学の観点から多数の幅広い研究をなされています。「構造生物有機化学」を確立した第一人者として、ノーベル化学賞を受賞するかもしれません。

まだまだ続く、ノーベル化学賞をとれるかもしれない化学者!

関連書籍

[amazonjs asin=”4582856063″ locale=”JP” title=”知っていそうで知らないノーベル賞の話 (平凡社新書)”][amazonjs asin=”4490108435″ locale=”JP” title=”ノーベル賞の事典”][amazonjs asin=”4121916336″ locale=”JP” title=”ノーベル賞の100年―自然科学三賞でたどる科学史 (中公新書)”]
Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 未来のノーベル化学賞候補者(2)
  2. カルベンがアシストする芳香環の開環反応
  3. 「MI×データ科学」コース実施要綱~データ科学を利用した材料研究…
  4. 反芳香族化合物を積層させ三次元的な芳香族性を発現
  5. in-situ放射光X線小角散実験から明らかにする牛乳のナノサイ…
  6. マイクロ波プロセスの工業化 〜環境/化学・ヘルスケア・電材領域で…
  7. 無限の可能性を秘めたポリマー
  8. 【12月開催】第4回 マツモトファインケミカル技術セミナー有機金…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 石谷 治 Osamu Ishitani
  2. リチウムイオン電池の正極・負極≪活物質技術≫徹底解説セミナー
  3. ジョーンズ酸化 Jones Oxidation
  4. 有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャーRNA・COVID-19経口治療薬・発光機能分子・感圧化学センサー・キュバンScaffold Editing
  5. 化学者のためのエレクトロニクス講座~次世代の通信技術編~
  6. モリブデンのチカラでニトロ化合物から二級アミンをつくる
  7. SlideShareで見る美麗な化学プレゼンテーション
  8. セントラル硝子、工程ノウハウも発明報奨制度対象に
  9. 有機合成化学協会誌2017年7月号:有機ヘテロ化合物・タンパク質作用面認識分子・Lossen転位・複素環合成
  10. Pubmed, ACS検索

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2007年9月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー