ヨーロッパ圏の広い意味での有機合成化学に関する発表が主体でした。とはいえ、レベルは全体的にそれほど高くない、というのが率直な感想。日本の有機合成シンポや○○討論会などの方が、だいぶハイレベルなのではないでしょうか。ひょっとしたらそういった発表は、同時期にドイツで開催されていた巨大学会・Tetrahedron Symposiumなどのほうに回ってしまったのかもしれません。
とはいえ、やはり骨のある研究発表も見られるあたり、さすが国際学会といったところ。今回はそんな最先端研究のいくつかをご紹介しましょう。 (有機合成以外を専門とする方にはつまらないかもしれませんが、ご容赦を。)
Clickケミストリーを活用したグリコペプチド誘導体の合成
Prof. Floris Rutjes (Rodboud University Nijmgen)による発表です。彼は過去にK.C.Nicolaou教授のところでポスドクとしてBrevetoxin Bの仕事に従事しています。
Huisgen[3+2]環化で得られる置換トリアゾールが、ペプチドのバイオイソスター(生物学的等配性)化合物として機能しうる事実に着目した研究です。アノマー位の加水分解に対しては、トリアゾールグリコシドのほうが安定なことが特徴とか。効率的な[3+2]環化条件の開発に始まり、様々な構造を持つグリコペプチド合成について主に話していました。いくつかの化合物については生物活性評価も行っているようです。
Pectenotoxinの合成研究および有機分子触媒によるアルデヒドのα-官能基化
Prof. Petri Pihko (Helsinki University)による発表です。まだ35,6の若手研究者で、やはりNicolaou教授のところでポスドクを経験し、Azaspiracidの合成に従事しています。
Pectenotoxin類の不安定スピロケタール構造をどう作るか[1]についての話が前半部で、後半はエナミン-イミニウム触媒によるアルデヒドのα-メチレン化[2]・エポキシ化反応を主に話していました。機構解析や基質の選び方などなかなかよく考えられていて、質の高い仕事になっていると思いました。エポキシ化は嵩高い一級アミンが良い触媒として働くとのことで、二級アミン触媒全盛のさなかにあって目新しさがありました。
[1]? Pihko, P.M.; Aho, J. E. Org. Lett. 2004, 6, 3849. DOI:10.1021/ol048321t[2] Erkkila, A.; Pihko, P. M. J. Org. Chem. 2006, 71, 2538. DOI:10.1021/jo052529q
分子手術法による水素含有フラーレンの合成
小松紘一・京大名誉教授による発表です。
前半はフラーレンを用いた固相合成[3a]について、後半は分子手術法[3b]の歴史とその後の展開を話されていました。有機合成的手法によってフラーレンに穴をあけ、分子を詰め、また閉じるという分子手術法(Molecular Surgery)は、偶然に頼った既存の内包フラーレン合成法に比べて何倍もの効率・純度で望みの内包フラーレンを得ることができます。
非内包型フラーレンとの分離が大変難しそうだと感じたのですが、実際には循環型HPLCを用いてやはり気長に分けてるみたいです。最近はより内孔径の大きいC70などもターゲットに研究されており、酸素などを詰めることが出来れば磁性体フラーレンへの展開も考えられる、ともおっしゃっていました。いずれも地道な長年の基礎研究のもとに実現した、大変独創性の高い研究だと思えました。
[3a] Wang, G.-W.; Komatsu, K.; Murata, Y.; Shiro, M. Nature 1997, 387, 583.[3b] Komatsu, K.; Murata, M.; Murata, Y. Science 2005, 307, 238.
次回に続きます。