[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

Appel反応を用いるホスフィンの不斉酸化

[スポンサーリンク]

Synthesis of P-Stereogenic Phosphorus Compounds. Asymmetric Oxidation of Phosphines under Appel Conditions.
Bergin, E.; O’Connor, C. T.; Robinson, S. B.; McGarrigle, E. B.; O’Mahony, C. P.; Gilheany, D. G. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 9566. DOI:10.1021/ja072925l

University College Dublin(UCD)のGilheanyらによる報告です。

実はこの研究、先日開催されたESOC2007でポスター発表されていました。学会会場がUCDだし、ご当地発表かな?でもアイデアはなかなか面白いな~と、一応気にとめてはいた研究でした。なんと、JACSにアクセプトされていたとは! せっかくなので紹介してみたいと思います。

 

Appel反応はアルコールのハロゲン置換反応として一般的には捉えられています。反応の際に当量のホスフィンがホスフィンオキシドへと酸化されてくることが知られています。
それならば、キラルなアルコールを用いてラセミ体のホスフィンと反応させれば、エナンチオ選択的酸化が可能になるのでは? ―こういった“逆転の発想”に基づくものが今回の成果です。

筆者らは、
①reflux条件が必要なCCl4の代わりに、-78℃でも反応が進むヘキサクロロアセトン[1]を用いる
②安価な(-)-メントールをキラルアルコールとして用いる
ことで、このアイデアが有効機能することを実証しています。

すべて異なる置換基を持つ3価のホスフィン化合物は、一般的に反転障壁が高く、ラセミ化を容易に起こさないことが知られています。これは同族元素の窒素とは大きく異なる点です(『化学パズル:不斉窒素化合物』を参照)。このためラセミ体のホスフィンを不斉酸化すると、片方のエナンチオマーだけが酸化されて一方は残る、という速度論的分割(Kinetic Resolution)が起きてくるのでは?とまずは考えられます。

しかし面白いことに、この条件では全てのホスフィンが酸化され、しかも高いeeにて目的物が得られます。すなわち、反応系内で速い擬回転を伴いつつ生成してくる、ジアステレオマー中間体の平衡混合物比によって、エナンチオ選択性が決まっているのです。これは動的熱力学分割(Dynamic Thermodynamic Resolution)[2]過程と一般に呼ばれる現象です。

eeは最高80%と満足行くものではありません。が、完成度が低くてもトップジャーナルにアクセプトされる研究は、やはり何かしらのジェネラル・コンセプトが提示されているため、読んで刺激を受けるものが少なくないな、というのが個人的に思うところです。

「90%収率・90%eeが出ないとアクセプトされない研究」というものは本当の意味での「最先端」とは言えないのかもしれません。

関連論文

[1] Magid, M. R.; Fruchey, S.; Johnson, W. L.; Allen, T. G. J. Org. Chem.  1979, 44, 359. DOI: 10.1021/jo01317a011
[2] Beak, P.; Anderson, D. R.; Curtis, M. D.; Laumer, J. M.; Pippel, D. J.; Weisenburger, G. A. Acc. Chem. Res. 2000, 33, 715. DOI:10.1021/ar000077s

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. π-アリルイリジウムに新たな光を
  2. スルホキシドの立体化学で1,4-ジカルボニル骨格合成を制す
  3. 博士課程学生の経済事情
  4. 究極の黒を炭素材料で作る
  5. 炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (3)
  6. 葉緑素だけが集積したナノシート
  7. “秒”で分析 をあたりまえに―利便性が高まるSFC
  8. 45 mミリ波電波望遠鏡(筆者撮影) 化学系必見!博物館特集 野辺山天文台編~HC11Nってどんな分子…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 化合物太陽電池の開発・作製プロセスと 市場展開の可能性【終了】
  2. ランディ・シェックマン Randy Schekman
  3. 50年来の謎反応を解明せよ
  4. 特許庁「グリーン早期審査・早期審理」の試行開始
  5. 秋山・寺田触媒 Akiyama-Terada Catalyst
  6. ゲームプレイヤーがNatureの論文をゲット!?
  7. ケムステイブニングミキサー2016を終えて
  8. 【 Web seminar by Microwave Chemical 】 マイクロ波化学(株)/ 7月26日(水)欧州向けウェビナー開催
  9. カクテルにインスパイアされた男性向け避妊法が開発される
  10. 有機化学美術館へようこそ ~分子の世界の造形とドラマ

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2007年7月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー