薬物のプロドラッグ化により、薬物吸収性の改善・特定部位への標的化(副作用の軽減)・作用の持続化などが期待できる、ということは以前のトピックでも述べました。応用性の高い手法ですが、これまでに知られる例は、エステル化などのごくごく単純な変換・修飾に限られていました。
2005年に、イスラエル・テルアビブ大学のDoron Shabatらによってプロドラッグ化にデンドリマーを用いることでさらに新しい機能を付与できる、という報告がなされました[1]。今回のトピックではこれを紹介してみたいと思います。
デンドリマー型プロドラッグ:構造
Shabatらは、デンドリマー末端に薬物(Drug)および酵素基質(Enzyme Substrate)を結合させた、以下のようなプロドラッグを設計しました。酵素基質が酵素分解されることが引き金となって、活性薬物が放出される設計(標的特異性)を意図しています。
しかし単純に生分解性デンドリマー末端に薬物をくっつけ、プロドラッグ化した報告は、これが初めてではありません。
それでは、このデザインはどの点が今までより新しく、また秀逸なのでしょうか?
デンドリマー型プロドラッグ:薬物放出機構
これまでのプロドラッグは、一つの酵素によりプロドラッグ一分子が代謝され、一分子の活性薬物を生成する構造がほとんど全てでした。しかしながら、上図の分子設計では、一つの酵素による一回の代謝で三分子の活性薬物が放出されるという特徴を有しています。
このプロドラッグは、1,4-キノンメチド開裂反応を上手く使用した設計となっています(下図)。まずフェノールの保護基R’が何かしらの条件で除去されることで反応が開始します。その後、フェノキシドのベンジル位からアルコキシドRO–が開裂し、キノンメチドを生成します。キノンメチドは不安定なので、水が介在しているときには速やかに反応してフェノールになります。
少々視点を変えてこの反応を見てみるとどうでしょう、R’の開裂が引き金となってRO–が放出される反応、と捉えることが出来ます。ここで、R’を酵素の基質、RO–を活性型薬物に置き代えて考えてみると・・・なんとこれはプロドラッグそのものです!!!
このプロドラッグの薬物放出機構は、余分なリンカーが結合している分、少々複雑です。最初に基質が酵素によって分解された後は、生理条件下で1,4-キノンメチド開裂を3回繰り返し、3分子の活性型薬物が放出される、というわけです(下図)[1,2]。
デンドリマー型プロドラッグ:実験例
以上のコンセプトに基づき、Shabatらは実際に3分子のカンプトテシン(CPT: 抗癌剤)とレトロアルドール抗体触媒38C2(酵素モデル)の基質を結合させたプロドラッグpro-tCPTを合成しました。また比較のため、単薬剤型プロドラッグpro-mCPTも合成し、細胞成長阻害活性の評価を行いました[1a]。 最初に38C2によってアルドール部位が分解され、これが引き金となって、薬物が放出されるという設計になっています。
様々なガン細胞に対し活性評価を行ったところ、抗体触媒38C2非存在下では、pro-tCPT・pro-mCPTともにIC50値がCPTの数十倍であり、プロドラッグの形では活性がそれほどないことが明らかとなりました。 38C2存在下にはpro-tCPTはCPTと同程度のIC50値を示し、これはプロドラッグとしてpro-tCPTが設計通り働いていることを示すデータとなっています。また、単薬剤型であるpro-mCPTのIC50値は、CPT・pro-tCPTの4〜5倍とpro-tCPTに比べ効率が良くないことも明らかとなりました。
さらに、薬剤濃度を固定して抗体触媒38C2の濃度と活性の関係を調べたところ、プロドラッグとして同一のIC50値を示すために必要な抗体触媒濃度は、pro-tCPTの場合にはpro-mPCTの約1/3でよいことも明らかとなりました。この結果からも、一分子の抗体触媒によりpro-tCPTからは3分子、pro-mCPTからは1分子のCPTが放出されるという期待通りの結論が導けます。
また、デンドリマー部位の分解物は全く系に毒性影響を与えないということも予め確かめられています。
こうして、 コンセプト通りにプロドラッグが機能していることが確かめられました。
デンドリマー型プロドラッグ:さらなる展開
こうしてデンドリマー型プロドラッグの可能性が示されたわけですが、上記の実験例だけでは、単純にターゲッティング部位を結合させた旧世代型プロドラッグと大きく変わらないように見えてしまい、変換の手間に比してメリットが小さい気もしてきます。基礎研究では上記のような実験で今後の可能性を示して終わり、という形の論文に得てしてなりがちですが、Shabatらは論文[1a,1b]でさらなる可能性を自ら示唆しています。
すなわち、3分子の活性薬剤をそれぞれ別物にしたヘテロ型プロドラッグを提唱しています。 論文ではあまり強調されていませんでしたが、このコンセプトは、癌の化学療法に限らず多剤併用療法の考え方が主流となっている潮流下にあって、大きな意味を持ってくるでしょう。
その具体化としてShabatらは下図のようにカンプトテシン、ドキソルビシン、エトポシドという3種類の抗癌剤を結合させたプロドラッグを合成し、同様の活性評価を行っています[1a]。単純な活性値自体はpro-tCPTにくらべやや落ちるようですが、化学療法における相乗効果が期待できるかもしれない、と付け加えられていました。
私見・今後の展望など
この設計は、今までのプロドラッグには無い様々なメリットを有しています。例えば私自身が思いつく限りでも
- 酵素反応(認識)部位と薬物が離れた位置にある為、薬物放出過程が薬物構造に影響されにくいデザインとなっている。すなわち、どんな構造の薬物であっても適用可能という、高い応用性・一般性・発展性がある。
- デンドリマー部位を修飾することにより、これまでと同様に吸収性・酵素特異性・生分解性・作用部位を向上させられることに加えて、薬物自体に機能性・多様性を持たせることができる。
- デンドリマーの世代を高めることで標的部位での薬物濃度の増加・単純な薬効増幅が期待できる。
- ヘテロドラッグ型にすることで複雑な相乗作用をコントロールできる。切断箇所・酵素を変えるなどにより単一薬物が複数の作用部位で時間差作用・相乗作用を及ぼすような薬物設計すら可能になる[1c]。
- デンドリマー由来の不要分解物がフラグメンテーションにより小分子となるため、不要物が低毒性かどうかという知見が既に相当量蓄積されており、安全に使用できる可能性が高い。不要物が代謝・排泄されやすい薬物デザインも容易となる。
- 上記の改良を行うに当たっては特別な知識・技術が不要なので、誰でも容易に研究を進められる。
などが考えられます。
「最初に優れたアイデアありき」 結局何事においても、アイデア・発想を生み出す段階がもっとも難しく、あとは時が解決してくれるものだと思います。私自身にも言えますが、常に新しい発想に取り組み続けたいものですね。
(2005.6.20 cosine)
※本記事は以前公開されていたものをブログに移行したものです。
参考文献
- a) Shabat, D. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 716. b) Shabat, D. et al. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 1726. c) Shabat, D. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 2256. d) de Groot, F. M. H. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 4490.
- a) McGrath, D. V. et al. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 15688. b) Shabat, D. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2003, 42, 4494.