[スポンサーリンク]

一般的な話題

1,2-還元と1,4-還元

[スポンサーリンク]

α,β-不飽和カルボニル化合物を還元する場合を考えてみよう。以下に示す、3種類の生成物が得られる可能性がある(図1)。

  1. カルボニル炭素がヒドリドの攻撃を受けて生成する、アリルアルコール (1,2-還元)
  2. 電子不足の二重結合がヒドリドの攻撃を受けて得られる、飽和カルボニル化合物B(1,4-還元)
  3. 1.4-還元を受けた後、飽和カルボニル化合物Bがさらに還元を受けて得られる飽和アルコールC

図1:1,2-還元と1,4-還元 (M=金属)

この選択性の制御は、有機合成における重要な研究課題のひとつである。今回はこの1,2-還元/1,4-還元にスポットを当てて話してみよう。

1,2-還元

   α,β-不飽和カルボニル化合物を、選択的に1,2-還元したい。どうすればよいだろうか?
単純な還元剤でそれを達成することは難しい。たとえば、シクロペンテノンを水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)で還元した場合、1,4-還元→カルボニルの還元(パターンC)がおきてしまう。結果、ほぼ定量的にシクロペンタノールが得られる(図2)。 水素化リチウムアルミニウム(LAH)も、ほぼ同様の反応を起こす。

図2:シクロペンテノンの還元

以下、これまでに開発されている代表的な方法をあげてみよう。

Luche還元

NaBH4の選択性を制御すべく、さまざまな添加剤の検討がなされている。 Li+、Cu+などの金属塩を添加した場合には、 選択性に改善は見られない。 一方で、Ni2+、Co2+の金属塩を添加すると、1,4-還元体であるシクロペンタノンが得られる。

 しかし、3価のランタノイド化合物、特にCeCl3・7H2Oを添加すれば、選択的な1,2-還元を起こせる。この反応は発見者の名前を取って、Luche還元と呼ばれている(図3)。 基質一般性も高く、反応時間も3~5分と短い。酸素や水分を気にすることなく、簡単に行えることが特長である。

図3:シクロペンテノンの選択的1,2-還元 (Luche還元)

ランタノイド金属塩は、NaBH4のヒドリドとアルコキシ基の交換を促すといわれている(図4)。これによりハードな還元剤が系中生成し、HSAB則により、1,2-付加が優先して起きるようになると考えられている。

図4:Luche還元の反応機構

NaBH4-CaCl2を用いる1,2-還元反応[1]

上記で用いるランタノイド化合物よりも扱いが簡便で、安価なCaCl2を用いる1,2-還元が報告されている。論文中の基質においては、収率、選択性ともに高収率で1,2-還元体が得られている。MeOH溶媒中、基質にCaCl2を加えて30分攪拌し、その後0℃で1時間反応させれば良い。

図5:塩化カルシウム添加条件における1,2-還元

 Wilkinson錯体-Ph2SiH2を用いる1,2-還元反応

 シラン化合物-Wilkinson触媒の組み合わせは、いろいろな還元に有効である。図6のようにβ-ヨノンを還元する場合、Ph2SiH2を用いると、1,2-還元が進行する。一方で、EtMe2SiHを用いると1,4-還元が選択的に進行する。基質は限定されるものの、条件を使い分けることができる。

図6:Wilkinson触媒を用いるβ-ヨノンの1,2-還元

DIBALを用いる1,2-還元反応

 ジイソブチルアルミニウムヒドリド(DIBAL)を用いると、1,2-還元が進行する事実はよく知られている。アルミニウムがルイス酸性を持つため、カルボニルと配位した状態からヒドリド移動が起こると考えられている。(図7)

図7:DIBALを用いる1,2-還元

1,4-還元

Fe(CO)5-OH を用いる1,4-還元反応[2]

 鉄ペンタカルボニルをKOHで処理すると、鉄ヒドリドが生成する。これはα,β-不飽和アルデヒド、ケトン、エステル、ラクトン、ニトリルを選択的に1,4-還元する。
反応は、二重結合へH-Feが不可逆付加することで始まり、続いてプロトン分解が起こる。この還元では、両方の水素は水由来である。関連する複核錯体NaHFe2(CO)8も類似の科学的挙動を示すが、異なる反応機構で進む。[3] しかしながらこれらの系は、β位に置換基を持つなどで、反応点周りに立体障害がある基質には適用できない。

図8:鉄ペンタカルボニルを用いる1,4-還元の反応機構

 Bu3SnH-Pd(0) を用いる1,4-還元反応[4]

パラジウム(0)触媒とトリブチルスズの組み合わせは、1,4-還元を起こすことが報告されている。反応機構の詳細は不明であるが、パラジウムヒドリドを経る図8のような反応機構が、その可能性として考えられている。

図9:Pd(0)-トリブチルスズ系を用いる1,4-還元の推定反応機構

Na2S2O4を用いる1,4-還元反応[5]

 二種の化合物を混合しNa2S2O4での還元を図9の条件で行うと、1,4-還元体が選択的に得られることが報告されている。

図10: Na2S2O4を用いる1,4-還元反応

Sm(0)を用いる1,4-還元反応[6]

 金属サマリウム(2.2eq)・ヨウ素(1eq)からメタノール中調製される還元剤を、α,β-不飽和カルボニル、アミド、ニトリルと反応させると、1,4-還元体が得られることが報告されている。

図11: Sm(0)を用いる1,4-還元反応

 

Co(acac)2-DIBALを用いる1,4-還元反応[7]

 先述したように、DIBALのみを用いると、1,2-還元が進行する。しかし、Co(acac)2を共存させると1,4-還元が高収率、選択的に進行するようになる。系中で生成するコバルトヒドリド種が活性種として考えられている。

図12:Co(acac)2-DIBALを用いる1,4-還元反応

 CuH-silaneを用いる1,4-還元反応[8]

 銅ヒドリドトリフェニルホスフィンヘキサマー(Stryker試薬)を触媒として用い、ポリメチルヒドロシロキサン(PMHS)を加えることによって1,4-還元が進行する。フッ素源でシリルを落とせばケトンに変換できるが、トラップされたシリルエノールエーテルをワンポットで連続的な反応に伏すことも期待できる。
その他、CuF(PPh3)3・2EtOH)-PhMe2SiH系でも1,4-還元が高収率、高選択的に進行する。[9]

図13:CuH-silaneを用いる1,4-還元反応

 まとめ

以上、簡単に新旧の1,2還元と1,4還元についてまとめてみた。どれが一番いい方法なのか?については、一概に言うことができない。基質、反応条件、コスト等々によって選択は変わってくるからだ。研究室レベルで使いやすい反応は?となると、入手容易なもので簡便に実行できるものが良いと言える。1,2-還元ではLuche還元とDIBAL、1,4-還元ではCo(acac)2-DIBAL系かもしくはCu-シラン系を使うのが良いように思える。


図14: 1,2/1.4-還元のまとめ

 もちろんこれ以外にも多数報告がある。興味のあるかたはぜひ調べてみて欲しい。あなたならどの反応を選びますか?

化学って面白いよね!!

参考文献

  1. Oshima, K. et al. Chem Lett. 1991, 1847. doi:10.1246/cl.1991.1847 
  2. Noyori, R. et al. J. Org. Chem. 197237, 1542.
  3. Shibasaki, M. et al. J. Am. Chem. Soc. 1990112, 4907.
  4. Keinan, E. Tetrahedron Lett. 198223, 477. doi:10.1016/S0040-4039(00)86866-5
  5. Dhillon, R. S. et al. Tetrahedron Lett. 199536, 1107. doi:10.1016/0040-4039(94)02406-2
  6. Yanada, R. et al. Synlett 1995, 443. DOI: 10.1055/s-1995-5000
  7. Ikeno, T.  et al. Synlett 1999, 96. DOI: 10.1055/s-1999-2557
  8. Lipshutz, B. H. et al. Tetrahedron 200056, 2779. doi:10.1016/S0040-4020(00)00132-0
  9. Mori, A. et al. Tetrahedron 199955, 4573. doi:10.1016/S0040-4020(99)00141-6

(2001.7.2 by webmaster)
(2008.6.20 加筆修正 by cosine)
(2017.4.30 記事を移行 by webmaster)

Avatar photo

webmaster

投稿者の記事一覧

Chem-Station代表。早稲田大学理工学術院教授。専門は有機化学。主に有機合成化学。分子レベルでモノを自由自在につくる、最小の構造物設計の匠となるため分子設計化学を確立したいと考えている。趣味は旅行(日本は全県制覇、海外はまだ20カ国ほど)、ドライブ、そしてすべての化学情報をインターネットで発信できるポータルサイトを作ること。

関連記事

  1. 磁気ナノ粒子でガン細胞を選別する
  2. クラリベイト・アナリティクスが「引用栄誉賞2020」を発表!
  3. 「MI×データ科学」コース実施要綱~データ科学を利用した材料研究…
  4. 2011年イグノーベル賞決定!「わさび警報装置」
  5. 特許にまつわる初歩的なあれこれ その2
  6. 年収で内定受諾を決定する際のポイントとは
  7. マテリアルズ・インフォマティクス適用のためのテーマ検討の進め方と…
  8. 95%以上が水の素材:アクアマテリアル

注目情報

ピックアップ記事

  1. 持続可能社会をつくるバイオプラスチック
  2. 1,2-/1,3-ジオールの保護 Protection of 1,2-/1,3-diol
  3. 武田薬の糖尿病治療薬、心臓発作を予防する効果も
  4. Reaxys無料トライアル実施中!
  5. 第54回―「ナノカーボンを機能化する合成化学」Maurizio Prato教授
  6. ナザロフ環化 Nazarov Cyclization
  7. ニルスの不思議な受賞 Nils Gustaf Dalénについて
  8. 計算化学者は見下されているのか? Part 1
  9. ケンダール・ハウク Kendall N. Houk
  10. ユネスコ女性科学賞:小林教授を表彰

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2001年7月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー