有機化学反応と溶媒 |
溶液反応は化学反応の大部分を占めるものである。反応物は溶媒に溶けていて、均一な液相中で化学変化が進行する。溶液反応では、均一系で温和に反応を進めることができる利点のほかに、反応の速度や選択性が溶媒によって大きな影響を受けることも知られている。しかしながら化学反応式を書いて反応を考えるとき、意外と溶媒が、反応機構の中に入っていなくて、 「何のためにあるのか?」 「何でこの溶媒を使っているの?」 ということを考えたことはないだろうか?
ということで、ここでは溶媒の作用と、その利点について述べて見ることにする。
▼化学平衡による溶媒効果
溶媒中の化学平衡は溶媒の種類によって、平衡が移動する。 例としてケト・エノール互変異性の平衡をあげてみよう。1,3-ジケトンのケト・エノール互変異性は、鎖状化合物の場合にはシス-エノールとトランス-エノールを含み前者は水素結合で安定化されている。 図1のアセト酢酸エチルにおいては溶媒の極性が小さくなるとエノールの比率が多くなり、無極性溶媒中では気相における値にほぼ匹敵する結果になっている。
※KT=ケト・エノール互変異性異性化平衡定数 図1・表1 アセト酢酸エチルのケト・エノール平衡と溶媒による効果
▼反応速度に対する溶媒効果
反応速度に対する溶媒効果の定性的な一般論は、反応原型と遷移状態における静電相互作用に基づいて考えることができる。このような考察は、求核置換反応と脱離反応の先駆的研究を展開したHughesとIngoldによって整理されている。すなわち、反応物が中性分子であるかイオンであるかに注目して、遷移状態での(活性錯体での)電荷分布の状態を考えると、反応は次の3つの場合に分けられる。
遷移状態で 溶媒和変化 溶媒極性が増大すると (a) 電荷の増大 → 溶媒和増強 → 反応速度増大 (b) 電荷の分散 → 溶媒和少し減少 → 反応速度少し減少 (c) 電荷の消滅 → 溶媒和減少 → 反応速度減少
反応原系と遷移状態の極性変化とそれによる溶媒和の変化に基づいて考えると、反応速度の対する溶媒効果が定性的に予測できる。この考え方は、溶媒反応に一般的に適用でき、溶媒効果の大きさから遷移状態の極性 、さらには反応機構を考察することも可能である。
▼反応の選択性に対する溶媒効果
反応性の選択性においては、溶媒分子の電子供与(ドナー)性と電子受容(アクセプター)性が大きくに基づいている。(表2)
表2 極性溶媒のドナー数とアクセプター数
例えばジエチルエーテル(C2H5)2OはGrignard反応を 行う際に使う優れた溶媒である。これは優れた電子受容性と適度な電子供与性を持ち、マグネシウムイオンに溶媒和して円滑な求核付加を可能にする。 しかし、さらに電子供与性の大きいHMPA、[(CH3)2N]3POを溶媒に用いると、マグネシウムイオンに強く配意するためにカルボニル化合物の配位が妨げられて付加反応は起こらず、脱プロトン化が起こる。(図2)
図2 Grignard反応における溶媒効果
また、HMPAはこのように高い電子供与性があるため、これを利用するとエノラートの立体選択的な作りわけが可能となる。
例えば図3のようにエチルケトンをLDAと反応させると、THF中ではカルボニル基の酸素原子がLDAのリチウムイオンに配位した6員環遷移時状態経るが、メチル基とイソプロピル基の間の立体的反発がより小さい遷移状態が有利であり、E体が優先して生成する。しかし、電子供与性の大きいHMPAを添加すると、HMPAがリチウムイオンに強く溶媒和するためにカルボニル基の配位は抑えられ、反応は非環状遷移状態を経て進行する。この結果メチル基と置換基R との間のゴージュ反発が小さい方を経てZ体が優先的に生成する。
図3 溶媒の使い分けに基づくエノラートの立体選択的生成(青矢印の方向に進む)
このように、溶媒には様々な効果があり、もちろん無視できないものである。 しかし、溶媒はいまいちわかりにくい。
参考書で使って学ぶことはなかなかむずかしいため、実験を行い、反応機構を考える際溶媒に注目して考えてみてほしい。 有機って面白いよね!! (by ブレビコミン2000/8/13) |
【用語ミニ解説】
スペクトルに対する溶媒効果、溶液反応の熱力学、化学平衡における溶媒効果、溶媒効果の理論と分子シミュレーションについてなど、有機溶媒反応における溶媒の役割に関して、多角的に解説する。
■ケト・エノール互変異性
α水素をもつカルボニル化合物(ケト形)は、この水素が酸素上に移動した形のエノール形異性体との平衡状態にある。この両者の関係は水素とπ電子の移動による異性関係であり、簡単に相互変換可能であるため、互変異性体とよぶ。(おもしろ有機化学ワールドより)
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