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〜最近の論文から〜 無保護のペプチド合成を目指して
"Toward the Protectionless Peptide Synthesis"

 

ペプチドとは、皆さんご存じの通り、タンパク質を構成する基本単位であり、アミノ酸が縮合した化合物の系統群を指します。ペプチド単位は、タンパク質だけでなく、身の回りのあらゆる化合物に存在しています。たとえばアスパルテームなどの甘味料もペプチド結合を持っていますし、低分子のペプチド化合物はそのまま医薬として用いられます。またある種のペプチドは、生化学ツールとしても有用であることがよく知られており、ペプチドの効率的合成法はすなわち、実用面ではもちろんのこと、医薬品開発や生化学の研究を行うにあたって非常に貢献度の高い手法となることが期待されています。

ペプチドはアミノ酸のカルボン酸(C-末端)とアミン(N-末端)をつなぐ縮合反応で合成されるのが一般的です。しかしながら、カルボン酸とアミンは混ぜるだけでは通常反応しません。反応させるためには、縮合剤と呼ばれる活性化剤が別に必要となってきます。縮合剤を用いるペプチド合成は古くから知られている手法であり、簡便で収率も高いため現在でもスタンダードな方法として用いられています。


スキーム1: ペプチド合成(縮合反応)の一般式

しかしながら、縮合剤を用いてアミノ酸をつなげる時には、保護・脱保護の過程が必要不可欠になります。それぞれのアミノ酸には反応可能な点が複数存在するため、保護をしないと複数の混合生成物が生じてしまい、欲しいものだけを得る・分離するのが面倒になったり、ひどいときには不可能にすらなります。ただし必然的に目的物まで回り道となるため、変換工程数の増加・縮合剤および保護基由来の廃棄物の増大というデメリットも避けられません(スキーム2)。


スキーム2:ペプチド合成における保護・脱保護工程

 

当然ながら、何とかしてこの問題点を解決したいところです。しかし現代においてもなお、それはきわめて困難な問題とされています。数多の化学者が頭をひねってきたにも関わらず、現在に至るまで「無保護のペプチド合成」問題に対する直接的解決法は知られていません。仕方なくスキーム2のような廃棄物が多く面倒な方法を使って合成している、というのが現状なのです。

 

新しいペプチド合成法

 

最近、この保護・脱保護の問題に一つの解決策を与える(かも知れない?)報告がカリフォルニア大サンタバーバラ校のBodeらによってなされました。それは、ペプチドの前駆体としてカルボン酸・アミンを用いるのではなく、スキーム1に示すようにα -ケト酸とオキシムを用いる、というものです。反応そのものは非常に簡便であり、混ぜて加温するだけで進行します。廃棄物も除去容易で無害な二酸化炭素と水のみ、というとてもクリーンな反応です。[1] 試薬自体はよく知られた単純なもので、条件もごくごくシンプルなのですが、このような反応を現在まで世界中で誰一人試してこなかった、という事実はとても意外なものです。

 


スキーム1: Bodeペプチド合成

 

廃棄物が最小限ですむ、というだけでも既存の手法に比してメリットは大きいのですが、さらにこの反応は驚くべき特徴を有しています。それは、無保護のアミンや単純カルボン酸が共存していても、それらと反応することなく、α-ケト酸・オキシム間で選択的縮合がおきる、という特徴です。

 

無保護の効率的ペプチド合成

 

Bodeらは、論文[1][2]において、本反応の様々な応用実例を報告しています。以下、代表的なものを紹介したいと思います。

 

1)無保護のアミン・カルボン酸存在下でのペプチド合成例
スキーム4の例では、通常保護しておかなければならないリシンのω-N原子やN末端、フェニルアラニンのC-末端etcが無保護のペプチドを用いて反応を行っています。アミンやカルボン酸が反応することなく、良好な収率でヘキサペプチドが得られています。 これはすなわち、保護・脱保護を経由せずさまざまなペプチド化合物にアクセスできる、ということを端的に示しています。


スキーム4

 

 2)キラルなオキサゾリジン誘導体を用いる連続的ペプチド合成
スキーム5に示すキラルなオキサゾリジンは、ジアステレオ選択的[2+3]双極子付加環化によって容易に得られます。この例はBodeペプチド合成の変法であり、α-ケト酸とオキサゾリジンからもペプチドが得られます。このオキサゾリジンユニットを連続的に反応させることで、様々なβ-オリゴペプチド化合物を、一般性高く簡便に合成することに成功しています。α-ケト酸部位は塩基性過酸化水素で処理することで、減炭カルボン酸へと変換でき、きわめて効率のよいペプチド合成法といえます。もちろんこの例でも、無保護のアミノ基やカルボン酸は共存可能です。

 


スキーム5

 

まとめ

 

以上述べてきた方法論は、そもそも縮合剤を使わない、というペプチド合成化学における新たなコンセプトを提示した優れた報告です。本法の有効活用によって保護工程の削減がかなりの程度期待できます。しかしながら、本法には通常ペプチド合成に用いられない、キラルなオキシムやα-ケト酸を別途用意しなければならない、という欠点もあるため、やはり無保護のアミノ酸そのものを使ったペプチド合成が望まれているのは、現時点でも変わりありません。

本報告がきっかけとなり、保護・脱保護の必要な縮合剤からの脱却を図ることができるか?今後「無保護のペプチド合成問題」に対するアプローチははどういう発展をみせていくのでしょう、興味の持たれるところです。

(2006. 2 .17 cosine)

 

参考、関連文献

 

[1] Bode, J. W.; Fox, R. M.; Baucom, K. D. Angew. Chem. Int. Ed. 2006, 45, 1248.
[2] Carrillo, N..; Davalos, E. A.; Russak, J. A.; Bode, J. W. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 1452. 

 

アミノ酸とタンパク質のはなしアミノ酸とタンパク質のはなし




Amino Acid and Peptide Synthesis Amino Acid and Peptide Synthesis




 

関連リンク

 

Peptide Synthesis Reinvented (C&EN)
Bode Group at UCSB
・ODOOS:Bodeペプチド合成
ペプチド (Wikipedia日本)
脱水縮合 (Wikipedia日本)
Peptide (Wikipedia)
Condensation Reaction (Wikjpedia)

【用語ミニ解説】

 

ペプチド

 

アミノ酸が縮合した化合物一般を指す。タンパク質の基本構成単位。 生理活性物質にも広く見られる。

 

 

縮合剤

 

アミンとカルボン酸、もしくはアルコールとカルボン酸を反応させてアミドもしくはエステルを合成する(縮合反応)時に用いる活性化剤。縮合反応は通常激しい条件が必要だが、縮合剤を用いることで穏和な条件下反応が進む。

 

 

保護・脱保護

 

複数の官能基を持つ有機化合物の特定部位のみを選択的に反応させる目的で、反応させたくない官能基を一時的に変換し、以降の反応条件に不活性な状態にすること。その逆を脱保護という。

 

Protective Groups in Organic Synthesis
Protective Groups in Organic Synthesis 

Protecting Group Chemistry (Oxford Chemistry Primers) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オキサゾリジン

oxazolidine。N、Oを一つずつ含む飽和5員複素環。