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超高圧有機合成

  

超高圧」。そう言われてみなさんは、どのくらいの圧力を想像するだろうか?

 

 圧力を利用した有機合成というものは、かなり昔からあり、有機合成の研究室にオートクレーブが広く普及しいることがそれを表している。また、金属触媒を用いた接触水素反応を思い浮かべる人もいるだろう。しかし、これらの圧力のレベルは数気圧からせいぜい高くても100気圧程度である。

 

 それに対して、超高圧とは、一般的には5000気圧から20000気圧ぐらいの溶液状態での有機反応が可能な圧力を意味している。

 

 さて、今回はこの「超高圧」について、どんなものか説明し、有機合成にどのような効果を与えるのか?ということを簡単に述べてみることにする。

  

超高圧の存在・利用例

 

 まず、図1を見てみよう。これは自然界に存在する高圧と人口高圧力、合成の利用例である。自然界の高圧力として、例えば海洋の最深部(マリアナ海溝、10924m)でおよそ1100気圧、地球中心部で300万気圧、太陽中心部で2.4×1011気圧となっている。

  

図1高圧の存在、利用例 (出典 超高圧有機合成 松本澄・井畑敏一編 ナカニシヤ出版 1999)

  

 また、ちょっと身の回りを見渡すと、化学に限らず、産業や日常生活に高圧力が利用されている例は極めて多い。例えば整髪剤や殺虫剤のスプレー、風船や生ビールにはHeやCO2のガスボンベ、天然ガスの貯蔵タンクなどをはじめ、スペースシャトルの燃料である液体水素や液体酸素もボンベとして搭載されている。ただし、これらの圧力レベルは数気圧〜200気圧程度のものである。最近登場したハイプレッシャージャムやハイプレッシャージュースには高圧力の殺菌作用が利用されている(1000〜3000気圧)

  

高圧力の歴史

  

 現在まで高圧関連の研究実績により4人の科学者がノーベル賞を受けている。

 1918年ノーベル化学賞を受けたHaberと1931年にノーベル化学賞を受けたBoschは空中酸素固定法(アンモニア合成法)を開発し、同じく1931年受賞のBergiusは石炭液化により産業界に多大な貢献をした。また1946年ノーベル物理学賞を受けたBridgemanは超高圧装置の開発や10GPa(10万気圧)程度までの広範囲にわたる物性の研究をした。 

 

 無機化学の分野では、超高圧を利用してダイヤモンド、ルビー、窒化ホウ素などの合成に成功し、高圧の威力が十分に示されてきた。しかし、それに対して有機化学における高圧の利用はどうだろうか?

 ポリエチレンの重合反応のような限られた分野においてのみ成功していると思えるかもしれない。だが、1950年頃から盛んに有機合成反応への応用が検討されている。

 

 近年では固相、超臨界領域における反応や超音波、プラズマを反応の駆動力とした有機合成など、特殊環境における有機合成が行われるようになり、超高圧はがぜん注目されるようになった。

 

 実際に幅広い分野においてその特徴を生かした有用な合成例が数多く報告されている。それでは高圧はどのような反応や系に対して働くのであろうか?について考えてみよう。

 

超高圧による反応進行の原理

  

圧力が溶液中での反応速度に及ぼす効果は、活性化体積ΔVによって説明・予測される。ここで活性化体積は「原系と遷移状態における反応基質の部分モル体積の差」として定義されるが、ここでは詳しい説明は省こう。そして、この活性化体積が負になるときに反応は促進される。

 

 これを基にして加圧によって加速されるであろう反応をまとめると以下・図2のようになる。

 

1、生成系において分子数が減少する反応

 

例 Diels-Alder反応のような付加環化反応

 

2、環状の遷移状態を経る反応

 

例 ClaisenおよびCope転位

 

3、極性の遷移状態を経る反応

 

例 Menschtkin反応、芳香族求核置換反応

 

4、立体障害のある反応

 

図2 負の活性化体積を持つ有機反応の例

 

以上簡単に「超高圧」について述べたのだが、超高圧を実際研究室でやろうと思ったり、工業的にモノを生産しようとなると、コスト面などで問題があるが、超高圧という未知の世界で物質がどうなって、そして反応がどのように進行していくのかというのは研究者としてとても興味の惹かれるものであろう。今後、この続き(実際の応用例、装置の概要)はまたトピックスとして追加していこうと考えている。

さらに詳しく調べたい人は参考文献を読んでみるとよい。参考文献は新しく、とても読みやすい構成になっている。 

有機って面白いよね!!

 

                (by ブレビコミン2000. 9. 10 up 2003. 10.19 correct)

 

参考、関連文献

 

超高圧有機合成―高効率分子変換と反応制御を目指して 松本澄・井畑敏一編 ナカニシヤ出版 1999

 

 近年急速に進歩し、有機合成の新しい手法としての地位を確立するようになった有機合成における超高圧の利用に関する研究成果をまとめる。
 

【用語ミニ解説】

  

 

 岩波講座物理の世界 (極限技術2) 超高圧の世界
岩波講座物理の世界 (極限技術2) 超高圧の世界

 

物質は,圧力を変えるだけでさまざまな形態をとる.水素ガスも超高圧といわれる100万気圧になると気体から,ついには金属になる.そこでは,100度Cの熱々の氷すら可能だ.通常目にする物質の姿はたまたま地球上が1気圧であるからにすぎない.超高圧における物質のふるまいと,それを実現する技術をあきらかにする.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Haber

 

(写真:nobelprize.org)

 

Fritz Haber。ドイツ化学者。1918年に 「アンモニアの成分元素(窒素,水素)からの合成」によりノーベル化学賞受賞。

 

Bosch

 

(写真:nobelprize.org)

 

Karl Bosch。ドイツ化学者。1931年に「高圧化学的方法の発明と開発」 によりノーベル化学賞受賞。