いつもケムステをご覧いただきありがとうございます。 ケムステを訪れる方々は、化学、中でも有機化学に興味を持っている方が多いと思います。 若年層の読者の方々には、大学に入学して有機化学を勉強してみたい!とお考えの方もいらっしゃると思います。中には、大学で学ぶ内容を先取りしたい!と考えるモチベーションの高い高校生もいるでしょう。ケムステはそういう方々を応援します。 今回は、そういった方々(とくに大学生とその周辺の学生)向けに、有機化学の教科書とその選び方を解説してみたいと思います (注:最新版などの情報は2008年1月現在のものです)。 〜目次〜
これから大学に入って勉強しようとしている学生に、ひとつ基本的なアドバイスです。それは、「大学の講義を聴くだけでは、学ぶべき内容は到底フォローしきれない」ということです。カリキュラムがきちっと決まっている高校までの勉強とは、ここがもっとも違う点です。
大学では一つの学問領域あたりの講義時間が短く、広い範囲を網羅するには甚だ不足です。ある領域を広く浅く、といった感じで講義が進められます。ですので大学1〜4年の授業とはすなわち、専門分野を選択するためのガイダンス的授業と見なして良いでしょう。その分、興味の持ち方・学びの自由度の高さは、高校までとは比べものになりません。
必然的に、講義で触れられない部分が大量に出てきます。 しかし大学では自分から問わない限り、「アレやれ」「コレやれ」といったことは、誰も何も言ってくれません。「これを学びたい」と思った時の不足分は、 自習する必要性が生じるワケです。つまり、勉強のやり方・選び方・計画など、ほとんど自分で立案しないといけません。これ、右も左も分からない新入生には結構どころでなく大変です。 インターネットはこの点、便利な補助教材となります。ちょっと興味を持ったことだけでなく、ある程度マニアックなことでも即座に調べられるようになりました。ここ数年でかなりの情報充実度を見せたのが、「みんなでつくる百科事典」のWikipediaです。化学だろうが、難しい専門用語だろうが何でも簡単に調べられます。まだまだ記述に偏り・誤りがあるとはいえ、毎回のレポート程度ならば乗り切れるぐらいの情報量はあります。いやはや便利な時代になったものです。 とはいえ、しっかり勉強したいのであれば、やはり体系的に学べる基礎教科書を勉強する必要があるでしょう。 Wikipediaはあくまで百科事典ですし、他のインターネット化学情報は散発的で、現状それほどに充実してないからです。
まずは良い教科書を一セット買って、それを繰り返し勉強しましょう。これが王道かつ、もっとも効率がよい勉強法です。要するにいろんな教科書に浮気するのは無駄、と言うことです。ちゃんと自分で判断し、自分に合った教科書・参考書を選ぶ必要があります。 この点は高校とさほど変わりません。 ただ、有機化学分野でも、教科書と呼べるものはたくさんあります。そして、どういう教科書に当たれば良いのか?どれが質が高いのか?定評あるのはどれか?ということに関しては、情報に大変乏しい現状では無いでしょうか?また、大学の教科書は比較的高価です。5000円以上のものなどザラです。金銭的にイタイので、失敗したくないですが、なかなか難しいわけです。
ここでまた注意です。大学の先生を鵜呑みにして選ぶのは、実は賢いやり方ではありません(参考にはすべきですが)。何しろ大学では、先生によって言うことがかなり違うのです。質の高い教科書を薦めてくださる先生も勿論いるのですが、自分が執筆した教科書を買ってもらうため、愚にも付かない教科書を買わせる先生もいたりします。学問のガの字ももない初学者たちは、言われるがまま購入し、出費を後悔するケースも少なくありません(何を隠そう、筆者もそうでした(笑))。
結局、執筆した人(化学が全部分かっている人)からのオススメではなく、「使用してみた学生たちからの生の意見」こそが参考になるのです。では、どうやれば手っ取り早くそれを知ることができるのでしょう?一番簡単なのは、書籍サイトAmazonのレビューを読み比べることです。ネットレビューは執筆報酬も出ない代わり、至極率直な意見を書いてくれます。特にAmazonでは、「参考になったレビュー」に投票できるシステムも付いており、こちらも判断材料になります。文章の質や内容の真偽を判断できる人であれば、これ以上なく有益な情報源といえるでしょう。 他方、どこの誰が書いたか分からないような「個人ブログのレビュー」なんかは、率直に言ってあまり参考になりません。世界の不特定多数に見せる意識に欠け、他人からの客観的評価にさらされないものが多いためです。玉石混淆で情報も一元化されておらず、質の高いレビューを探すのにも一苦労ですし。
繰り返しになりますが、大学では基本、自学自習が推奨されます。講義を漫然と聴いてノートをとるだけでは不十分です。つまり、自分で読み進めていくため、以下のようなチェックポイントは参考にすべきでしょう。
こういったものは、「わー分厚い、こんなの読めねぇよ!」という第一印象のものが多くなります。高校のペラペラ参考書に慣れた身には、そう思われるのも致し方ないでしょう。が、そこは急がば回れと考えるべきです。「いきなり全部読んでやるぜ!」という気負いは必要ありません。必要なところを余すとこなく深く勉強できればひとまずOKとしましょう(勿論最終的に全部読むのがベストですが)。 それでも「使わない教科書を何冊も買って本棚の飾りにする」よりはずっとマシなのです。
ところで、有機化学に限らず定評のある教科書は、著者が外国人であることが多いです。外国の大学では、自学自習を推奨する教育環境が徹底しています(優秀な学生をふるいにかける意味もあります)。必然そういう勉学スタイル向けの教科書をつくらないと意味が薄く、皆読まないのですね。
一方で、日本の大学における教科書づくりの意識は、お世辞にも高いとはいえません。執筆側(大学教授)がサービス精神に欠けており、一人よがりで傲慢な記述・構成であるケースが少なくないのです。「読者はアタマから真面目に読むだろう」「一度読んだら内容は覚えてるだろう」「自分の取り組む研究分野こそが最高だ」・・・そんなわけ無いですよね!
ここでは、高校有機→大学有機の橋渡し的に使える書籍を紹介します。基礎〜中級レベル教科書に入る前にざっと読んでおくと、理解がスムーズになるでしょう。 とはいえ、専門課程に進むような学生であれば、無理して読むべきレベルでも無いかも知れません。
この辺になると、専門課程でも役立つ重要事項を学ぶ機会が多くなります。 この際、『原著(英文教科書)を読め』というアドバイスをしてくる大学の先生も少なくないです。しかし、筆者は邦訳本をしっかり理解できれば十分だろう、と考えます。 化学を真剣に学んで研究者・教育者を目指したい、というのであれば原著を読みこなしていくモチベーションは必要です。とはいえ、多くの学生は4年で卒業して日本の会社に就職し、英語を使うこともない生活を送るのではないでしょうか?それに英語が原因で化学の習得が遅れたり、疎かになっては本末転倒です。何よりそんなことで化学への興味を失ってしまっては勿体ないと思えます。 以下では邦訳版が出版されているものを紹介します。
これらの教科書はどれも厚みのある記述で定評があり、基本的なことも一通り押さえられています。版も重ねられ、そのたび新しいことも追加されてきています。しっかり勉強できれば、大学院入試の基礎程度は全く問題ないぐらいの内容があります。
それゆえ、このうちのどれを選べばよいのか?については難しいところだと思います。 個人的見解ですが、「自分が受けている講義で使う教科書を選択する」のがもっとも現実的と思えます。定期試験の勉強に適しているし、周りの学生と共通理解がもてる、という理由からです。特にこだわらない、というのであれば、ボルハルト・ショアー現代有機化学がフルカラーで見やすく、そんなに難しすぎずで広く適するでしょう。ウォーレン有機化学は高度なトピックも載っており、モチベーションのある方には挑戦しがいのある教科書だと思います。
ここでは基礎〜中級レベルを終わった後に読む、上級有機化学一般を扱う教科書を紹介します。有機化学に関しては、世界的に見ても日本の研究レベルは高く、しっかりした純国産良書がいくつもあります。 専門家・研究者を目指すならば、英語文献を読みこなす能力は必須ですので、原著に挑戦してみるのも良いでしょう。
とはいえ、専門分野によって必要な教科書は千差万別です。実際何を読むことが必要か?ということについては、配属研究室の先輩方のアドバイスを聞くのがもっとも適切でしょう。
教科書で学んだ内容は、演習問題を解いて定着させ、応用力を伸ばしましょう。以下では日本語で取り組める、有機化学の優れた一般演習書を紹介します。
ここで一点。化合物の命名法を教え、テストするような講義があります。命名法も勉強しないと困るんじゃ?と思えますが、わざわざ特別な専門書を買って勉強する必要はありません。基礎〜中級レベル教科書に載ってる内容で必要十分です。もっと難しい化合物の名前がつけられないと困るんでは?と思う人もいるかも知れません。そういう場合は実は、ChemDrawなどのコンピュータソフトウェアを使ってつけているので問題ないのです。
以上、いろんな有機化学の教科書を比較紹介してきました。大学入学後の教科書選びでつまずかないよう、本コラムが役立ってくれれば幸いです。 (2008.2.10. cosine) ▼関連リンク
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